何処からともなく甘い香りが漂ってきた。
一瞬、香水のような力強さを感じたような気がして辺りを見回したのだけれど、
それは、冷たく澄んだ空気の中にすーっと溶けるようにして私の鼻先から消えていった。
後ろ髪を引かれる思いで歩いていると、ふわりと再び同じ匂いがした。
今度こそ、と風上へ視線を向けると黄色い花をつけた蝋梅を見つけた。
蝋梅を見つけることができなかったら、その香りが蝋梅のそれだとは気が付かなかったと思うのだけれど、私の記憶もいい加減なもので、
黄色い花を目にした瞬間、「あー、そうそう、これは蝋梅の香りだ。」なんて思ってしまった。
自分の記憶と心の中のリアクションを、いい加減なものだと思いながら、春の香りを吸い込んだ。
以前、ワイルドフラワーと呼ばれるカテゴリーの中に属しているワックスフラワーに触れたことがあるのだけれど、
この蝋梅も、その文字からも想像できるように、小さな花を蜜蝋でコーティングしたような姿をしていることから、その名が付けられたと言われている花だ。
蝋梅は、12月から2月辺りまでに見ることができる黄色い梅の花で、
その花びらは、添えた指先がほんのり透けて見えるのではないだろうかと思わせるような質感をしており、とても良い香りがする花である。
ただ、蝋梅は衝撃に弱いため、蕾や花が簡単に取れてしまうのだけれど、
落ちた蕾や花は捨ててしまわずに、薄く水を張った豆皿に浮かべてテーブルに置いておくだけでも香りを十分に楽しむことができるのだと、以前、お花の先生に教えていただいたことがある。
私にとって蝋梅は、その時の生け花の教材として扱って以来、自宅に蝋梅を招き入れる機会は無いのだけれど、
まだ寒さ厳しいこの時季に時折、鼻先を擽られ、他所様のお宅で咲いているそれを、ちらりと愛でさせていただいているように思う。
日本人が特別に想う花と言えば桜というイメージがある。
確かに、古からそのような傾向にはあるのだけれど、まだ寒さ厳しいこの時季の景色に、ポッと色を添えるかのように咲く梅を好む人も多かったようだ。
季節を少し先取りすることを粋としていた先人たちは、静かな季節の中にも小さな楽しみを見つけ、春を心待ちにしていたのだろうと思う。
私たちは、先人たちとは異なる意味で、日常の中にある小さな春を見つけることは難しいように感じることもあるけれど、
香りと共に、春の足音も少しずつ近づいていることを知らせてくれた蝋梅だったように思う。
半透明で蜜蝋でコーティングしたような黄色が目印の蝋梅以外にも、白やピンク色をした梅が咲き始めている頃です。
普段とは異なる香りをふわり感じられましたなら、辺りへ視線を向けてみてはいかがでしょうか。
あとは、マニアック視点ではありますが、ニュース番組の背景に飾られている豪華な生け花に、季節を少し先取りしたお花が使われていることも。
冬真っ只中で感じる春も、乙なものでございます。
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