カフェのテラス席でひと息ついていたのだけれど、足首辺りがむず痒い気がした。
誰も私のことなど見ていないと分かってはいるのだけれど、
目立たぬように、さり気なく、足首のむず痒い辺りに触れてみた。
案の定、皮膚がぷっくりと膨れ上がっており、蚊に刺されたのだと分かった。
ハンドメイドのアロマスプレーの効果なのか、自宅で蚊に刺されることは無いのだけれど、
一歩外にでれば蚊の餌食になってしまうようで、
お化粧ポーチの中にはスティックタイプの虫刺され薬を忍ばせている。
時々、どうしてそんなものを持ち歩いているの!?と驚かれることがあるけれど、
持ち歩かなくてはいけないくらい蚊に狙われるのだから仕方ない。
ジューススタンドのような扱いはまっぴらだと思っている私の気持ちは、
いつになったら蚊に届くのか……、そのようなくだらないことを思いながら、
冷たいマスカットティーを吸い上げた。
しかし、痒みから上手く気持ちを逸らすことができず、
勢いよく掻きむしってしまいたい衝動に駆られたけれど、
グッと堪えて虫刺され薬を、さり気なく足首付近にひと塗りした。
ほのかに香るメントールと、その冷感に痒みがスーッと引いていく。
再びマスカットティーに手を伸ばした、その時だ。
「ブゥーン」という音が耳のすぐそばを横切った。
もうこれ以上、蚊に刺されるのも痒みに耐えるのも嫌だ。
平静を装いつつ全神経を蚊の気配に集中させた。
両の手のひらをパンッと合わせれば私の勝利なのだけれど、
ふと、生け花の先生の仕草が脳裏を過ぎった。
先生は手のひらを卵を収めるようなイメージで丸めてドームを作ると、
その手で作ったドームを蚊にかぶせたのだ。
こうすると、目には見えない空気の壁でダメージを受けるのか、蚊が気絶するのだという。
先生は、気絶した蚊を素早くティッシュで包み、そっと脇に置くと、
何ごともなかったかのように目の前の花を生け始めた。
当時の私にとって、その先生の仕草はとても斬新で印象ぶかく、
お稽古終わりに、生け花のことではなく、その仕草のことについて話した記憶がある。
先生は、「生け花の最中には花器や兼山、ハサミや花、お水など、様々な道具があるから、
両手でパンッとやってしまうと危険でしょ。それに、蚊で手が汚れるのも嫌でしょう」と。
そして、「蚊を退治しようとしている時の顔って、
人様に見せられないような顔をしているものなのよ」と笑った。
「ブゥーン」と今にも消え入りそうな音と共に視界の端を飛ぶ蚊の姿を捉えた私は、
手の平を丸め、手のひらドームをスッと近寄ってきた蚊にかぶせた。
用意していた紙ナプキンで気絶している蚊をテーブルから掬い上げ、クルクルッと筒状に丸めた。
もう、蚊が忍び寄る季節は過ぎてしまったけれど、
両手でパンッとするのはちょっと……、
というようなシチュエーションに忍び寄る蚊がおりましたら、はんなり気絶大作戦をお試しあれ。