どこからかメロディアスな口笛が聞こえてきた。
しかも、外で暴れている強めの風の音と相まって、摩訶不思議な楽曲のように思えた。
しばらくの間、作業を行いながら聞いていたのだけれど、その口笛が割とすぐ傍から聞こえているように思い、席を立って音がする方へと向かった。
音の出所が寝室だと分かりドアを開けると、口笛の主は我が家の開け放っていた窓だった。
窓の絶妙な開き加減と外を吹く風、そして、寝室のドアを閉めていたことなどの偶然が重なって生まれた音とメロディーだったのだ。
私が寝室のドアを開けてしまったことで、何かしらのバランスが変わってしまったのだろう。
そこから先は、何をどうしてみてもメロディアスな口笛を聞くことはできなかった。
寝室の窓だか、外で暴れている風だかに「口笛を奏でている間、寝室のドアは決して開けないで下さい。」と言われたわけではないけれど、この時ふと、『鶴の恩返し』の物語のようだと思った。
『鶴の恩返し』と言えば、とてもポピュラーで、多くの方と共有できる物語のひとつだ。
共有できるあらすじはと言えば、人間が罠にかかった鶴を助けたところ、その助けられた鶴が人間に姿を変えて恩を返しにきたというもの。
鶴は、自分の羽を抜き取って素敵な反物を織っているのだけれど、織っているときの様子は絶対に覗かないで欲しいと言う。
しかし、鶴を助けた人間は、この約束を破って覗いてしまい、鶴が人間のもとを去っていくという話だ。
ただ、『鶴の恩返し』は原作と昔ばなしとして広く伝えられているものなど複数のバージョンが存在しており、どの物語に触れたかによって主人公が変わることでも知られている。
きっと、それぞれ触れているとは思うのだけれど、鶴を助けた人間を若い独身男性だと記憶している方は原作の物語を、
鶴を助けた人間を老夫婦だと記憶している方は昔ばなしとして広く語り継がれている物語を、『鶴の恩返し』として強く記憶しているのだ。
複数のバージョンが存在していることも面白いけれど、更に興味深いのは、一部の地域に伝わる『鶴の恩返し』は、助けてくれた人間のもとから鶴が去っていくところで終わらずに、続きがあるところだ。
こちらは、鶴を助けた人間が若い独身男性だった原作バージョンの続きなのだけれど、
正体を知られてしまった鶴は、男性のもとを去らなくてはいけないという状況下、彼への想いを断ち切ることができずに、小皿の中に水と針を入れたものを残して男性のもとを去るのだ。
鶴がここに込めたメッセージは、「私は播磨(はりま)という場所にある皿池に居ます」というもの。
そして、鶴と同じ様に彼女への想いを断ち切ることができずにいた男性は、この暗号のようなメッセージを見事紐解き、播磨(はりま)の皿池で2人は再会するという話だ。
『鶴の恩返し』と聞いて思い出すストーリーや詳細に違いがあるのは、子どものときに触れた『鶴の恩返し』の中でもっとも深く記憶に刻まれたバージョンなのだと思います。
機会がありました際には、周りの方と記憶をシェアしあってみてはいかがでしょうか。
大人になった今だからこそ出来る「昔ばなし」の楽しみ方として、記憶の片隅に置いていただけましたら幸いです。
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