電車のボックス席に座っていると、向かいの席にスケッチブックを抱えた少女と母親が腰掛けた。
少女はスケッチブックを広げ、斜め掛けしたお洒落なバッグの中からマルチペンを取り出した。
思わず、それ!私も愛用しています!!と心の中で発した。
マルチペンという呼称は微妙に間違っている気がするのだけれど、私がそう呼んでいるそれは、一本のペン型ホルダーの中に8色の色鉛筆の芯が収められている、お手軽な色鉛筆である。
少女は慣れた手つきでペン型ホルダーをカチカチっと回して色芯を出し、真っ新なスケッチブックに絵を描き始めた。
途中、外を眺めている母親に「ここに信号書いて」と言いスケッチブックとマルチペンを手渡した。
程よく冷房が効いた車内と窓から差し込む初夏の日差しの中で、穏やかな時間が流れるのを感じていると少女が言った。
「信号の色、順番が違うよ」と。
信号機の色の並び順……、改めて尋ねられると自信が無くなり、私は思わず、車窓から見える景色の中に信号機を探してしまった。
左から順に青→黄→赤。
頭の中に思い浮かべた順番で合っていたけれど、不意に紙とペンを手渡されて信号機を書いて下さいと言われたら、
目の前の母親のように青と赤の位置に迷いが生じていてもおかしくない、と思った。
信号機の色の並び順は、法律によって青→黄→赤と決められており世界共通だけれど、この順番は、止まれを意味する赤信号を見やすくするための並びだと聞いたことがある。
確か、予想に反する勢いで街路樹が枝葉を伸ばし、信号機を覆ってしまうような事態となっても、「止まれ」の赤が見えるようにという配慮から、赤信号は右端に位置付けられていたように思う。
そのような話を聞いた後、信号機を見上げる度に、いくら何でもあの信号機の位置まで街路樹が枝葉を伸ばすことはないだろうに、と感じたことも思い出した。
地域によってはランプが縦に並んでいる信号機もあるけれど、こちらも「止まれ」の赤が真っ先に目に留まる様、上から順に赤→黄→青なのだとか。
車の免許を持たぬ私だから迷いが生じてしまったようにも思うけれど、慣れは時に、人を惑わすようである。
右見て、左見て、もう一度右見て、今日も安全第一でまいりましょ。
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