時々、様々なお作法話をさせていただいております。
お作法を大きな枠で捉えてみるとき、
私自身は、お作法は“おもいやり”だと思っております。
例えば、お作法に反したことであったとしても、
その時、その場所において、
その場に居る誰かにとって本当に必要な行動であったのであれば、それも大いに結構、と。
ですから、正直にお話すると、
わたくし、知っているお作法のことを堅苦しい、面倒だわ、と思うこともあります。
ただ、お作法に助けてもらうことも多いので、
大人のたしなみとして、日常を豊かにするアイテムのひとつとして、
知っておいて損ではないと思うのです。
思いやりと言っても多種多様です。
過ごしてきた環境が違えば感じ方も受け取り方も十人十色ですので、
思いやりが、押し付けや負担となることもあります。
このような時、角を立てずにその場の空気や関係性をまあるく治める知恵、
多くを語らずとも温かい気持ちを届けることができる知恵がお作法。
身構えずに自分の知識ボックスにでも入れておこうかしら。
こんなお作法もあるのね。
そのくらいの気持ちで覗いていただければ幸いです。
さて、日本食は世界中で注目されておりますが、
当の日本は、様々な国の料理や食文化を取り入れ続けている結果、
日本独自の食文化そのものを無くしかけつつある危機的な状況です。
どこの国にも似たようなことが起きているのでは?と思われるかもしれませんが、
このような現象が起きている国は日本だけだと言われています。
いい機会でもありますので、今回は「和食をいただく際のお作法」の中から
私たちがうっかり忘れかけている「お食事とお茶」のお作法を覗き直してみませんか。
皆さんは、日本食を含めたお食事の際、飲み物を一緒に召し上がりますか?
実はこれ、和食のお作法としては、マナー違反なのです。
日本のご家庭でも、以前はお食事の時にはお茶は飲まない。
お茶はお食事が終わってからいただく。と教わるものでした。
これは、和食は繊細な味付けのメニューが多いため、
苦みや渋みを含むお茶と一緒にいただきますと、
素材の味や味付けが薄まってしまい、作って下さった方に対して失礼にあたるという理由です。
ですが、飲み物がなければ食事が喉を通り難いという方もいらっしゃいます。
このような場合への配慮として、作る側は一汁三菜の構成にして必ず汁物をお出ししていました。
相手への思いやりを互いに持っていることが分かるお作法です。
今でもフォーマルな会食の席や格式高い懐石料理店などでは
食後までお茶が出ないことが多いかと思います。
フォーマルなシーンや格式高いお店でのお食事の際にはお茶を頼まない、
という点は大人として押さえておいてもよいお作法ではないでしょうか。
このようなフォーマルな場では、お酒をいただくこともありますよね。
もしも、お酒が苦手な場合は、お食事の味を薄めたり、損なったりすると言われている
お水や苦みや渋みを含むお茶は頼まず、ソフトドリンクをお願いすると良いとされています。
そもそも、どうして、このおようなお作法が出来たのか。
これは、茶道を世に広めた千利休さんが関係しています。
千利休さんと言えば、わび・さびを大切にしており、
「質素でも、おもてなしの心は忘れずに」という茶道を築いた方。
お客様に美味しくお茶を召し上がっていただきたいという気持ちから、
お食事を伴うお茶会を提案したのです。
茶道でお出しする「お濃茶」は苦みをダイレクトに味わいますので、
空きっ腹に飲んだのでは美味しく味わうことができません。
それならばと、お濃茶の前に簡単なお食事、「懐石料理」を召し上がっていただいてから
メインのお濃茶を楽しんでいただくお茶会を開いたようです。
ですから、懐石料理はもともと濃茶の前にいただく簡単なお食事だったのです。
今のイメージとは少し違いますね。
メインのお濃茶がこれから出てくることを知っていて、
尚且つ、お濃茶を美味しくいただくために用意してくださったお食事中に
「お茶、いただけます?」と言うのは少々、勇気がいりますよね。
単純に、和食をいただくときにお茶を飲むのはマナー違反です。
と言われると「どうして?」「別にいいじゃない」と思ってしまいますが、
この流れを知ると、頷くこともできるのではないでしょうか。
生活の中でお作法を使う場合は臨機応変に。
フォーマルなシチュエーションや場所であったり、
日常だけれども、相手のおもてなしの気持ちにさり気なく答えたい場合など、
必要に応じて、あなたの知識ボックスから引き出してお使いくださいませ。
目には見えないけれど、お作法は、あなたが持っているアイテムです。