ある日、仕事で畏まった席に同席させていただく機会があった。
その場に居るほとんどの人たちが壇上の方の話に耳を傾け、
その場の緊張感に飲み込まれてしまいそうになっている中、
いつも飄々としている当時の私のボスが、こそこそ話を始めた。
「今話している彼、そうそうたる顔ぶれだって言っていたけれど、“そうそう”って漢字で書ける?」と。
内心、そのような話は後にしてほしいものだと思いつつ漢字を思い浮かべようとするも
“そうそう”という漢字を思い出すことができなかったワタクシ。
だけれども、「書けません、わかりません」と言うのも味気ない気がして、
「私の頭の中ではモザイクがかかっています。」と小声で返した。
すると、胸の内ポケットからミニ手帳を取り出し“錚々たる”と豪快に書き上げた。
大人の堂々とした手遊びだ、と思った。
ボスに手遊びで静かになる様子はなく、こそこそ話の続きが始まった。
現在は皆さんもご存知のとおり、数ある中でも特に優れている場合に使う言葉で、
錚々たるメンバー、錚々たるラインナップなどと使われているはず。
だけれども、この言葉は中国故事が語源となっており、本来の意味は皮肉たっぷりなのです。
ストーリーを丁寧にご紹介しますと日が暮れてしまいますので、
今回はストーリーの詳細は割愛させていただきますが、
「錚」は金属、特に鉄でできた楽器を鳴らしたときの音のことを表しています。
そして、“錚々たる”には、「金や銀で出来た楽器の音色と比べたら、
鉄でできた楽器では大した音は出せないと思っていたけれど、
鉄で出来た楽器の中にもましな音を出すことができるもあるのだ。」という意味があります。
ある皇帝は、これを元にして敵対していた軍勢の中から降参した一部の将軍たちに向かって
「お前たち、凡人にしてはマシな方だな」という意味で“錚々たる”という言葉を言い放ったのだそう。
これが、“錚々たる”という言葉が持っているエピソードです。
時代を経る中で「凡人の中で少しだけ」という皮肉部分が抜け落ち、
現在では私たちが知る「特に優れている人」を指す言葉として馴染んでいる。
ただ、この故事を知っている当時の私のボスは“錚々たる”という言葉を耳にすると、
現状と故事の登場人物たちとを重ね合わせて(楽しんで)いるようだった。
そして、私もまた、このフレーズを耳にすると柊希脳内劇場の幕が上がるのだ。
あの上司にして、この部下あり……、だったのかもしれない。