朝起きて、エアコンで冷えている体を伸ばしながら窓を開けた。
爽やかな風を浴びながら……というような朝はもう少し先のようで、
直ぐにジリジリっとした熱気が部屋の中へ流れ込んでくる。
リビングも、たった数時間エアコンを切っていただけだというのに、
ホットヨガに良いんじゃないかしら。と思ってしまうくらい蓄熱されている。
窓を開けたところで、とも思うのだけれども、全ての窓を開け放って再びエアコンのスイッチを押した。
その時だ、まだ目覚めきっていない私の耳にジジジジジジッと、
けたたましい蝉の羽音なのか、鳴き声なのか、ジジジジジジッが飛び込んできた。
その音に脳と体が一瞬にしてシャキッとするのは、
やはり、身の危険を感じた時に出される音に本能が反応しているのかもしれない。
恐る恐るベランダを覗くと、案の定、蝉がひっくり返って細い足と薄い羽をバタつかせていた。
「何をどうしたら、そんな豪快にひっくり返るのよ。」
私は、ひっくり返ったまま身動きがとれなくなっている蝉に、少しばかり冷ややかな眼差しを向けていた。
しばらく、蝉の様子を伺っていたのだけれど、諦めたのか、体力温存中なのか、動くことも泣くこともしなくなった。
私は、我が家にある出来るだけ長い棒状のものを手に、
急に私の方へ飛んできやしないか怯えながら珍客の救出に向かった。
そう言えば、昆虫好きだという方に薦められて蝉について書かれている本を読んだことがある。
正直なところ、蝉に関しての興味は全くなかったのだけれども、
その方があまりにも蝉について熱く語るものだから、蝉の何が、そこまで人を熱くさせるのか。
ちょっと覗いてみようかしら、という興味がその本を手に取るきっかけとなった。
本来全く興味を持てなかった蝉に関する本、
内容もあまり頭に入ってこなかったし、後半の方は斜め読みの飛ばし読み、という始末。
ただ、少しだけ印象に残っている記述があった。
それは、夏の風物詩のひとつでもあるというのに、蝉は暑さに弱い虫なのだそう。
蝉は短命だと言われているけれど、短命である主な理由は、夏の暑さや天敵だといい、
仮に暑くなく、寒くもない適温の環境で天敵に見つかることもなければ、
3週間から最長2か月程は生きられるのだとか。
時々、9月も半ばを過ぎた季節外れに鳴き出す蝉がいるけれど、
あの蝉は、遅く生まれたこと、涼しくなってきていること、
天敵も真夏ほどいないことなどの条件が重なり、寒くなるギリギリまで生きていられるのだそう。
蝉の命は一週間、そう思って過ごしてきた私には興味深い真実だったことを覚えている。
そのようなことを思い出しながら、
1メートルほど先に仰向けに転がる蝉を何度か棒でつつき、ヒョイっとひっくり返した。
すると、薄い羽をバタつかせながら、てっぷりとした体を持ち上げるようにして飛んでいった。
夏が苦手だというのなら、近年の暑さは蝉にも応えるだろうと思う。
あの日から、蝉の鳴き声が「暑いんだよ、暑いよ」という心の叫びに聞こえる柊希です。
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