いつの間にか昼間の外出が苦でなくなっていた。
空を仰ぐと、空が少しだけ高くなっており、浮かぶ雲の端には彩雲が広がっていた。
どんないいことがやってくるのか今から楽しみだと思いながら
今にも空に溶け込んで消えてしまいそうな彩雲を出来るだけ眺めていたくて、
空と進行方向を交互に見ながら歩いた。
晴天を笑顔に例え、雨天を泣き顔に例えられることがあるけれど、
晴天ばかり続くことも、雨天ばかりも続くこともない。
そのようなことを思っていると、どこからだろうか。
不思議と小さな力が湧いてくるような気がして、これだから空は楽しい、と思う。
おすまし顔で歩いていると、小学生の女の子たちに、
「あっ、そこにガガンボいます」「あー、気をつけて」と言われた。
ん?ガガンボ!?ポケモンGOの中に登場するポケモンか何か?と暢気に構えていると、
ショートカットが良く似合うボーイッシュな女の子に、
「こっちです」と手首を掴まれグイッと引っぱられた。
「やれやれ」といった空気を纏いながらふーっとため息を吐いた女の子たちと、
なされるがままの私の間には明らかな温度差があった。
守ってもらったような空気だったため、
お礼を伝えるついでに「ガガンボってなあに?」と聞いてみた。
一瞬、「えっ、そんなことも知らないの?」という眼差しを浴びたけれど、
「この虫の名前です」と手の平くらい大きなサイズの虫を指さし、教えてくれた。
それは、蚊が巨大化したような見た目で、細い脚と羽は無駄に長く、
建物の壁にかろうじてくっついてはいるけれど、
風が吹けばたんぽぽの綿毛の様に飛ばされてしまうような虫だった。
特別珍しい虫ではなく、私も幾度となく目にしたことがある虫だったけれど、
その名が「ガガンボ」だということは、初めて知ったのだ。
彼女たちと別れスマートフォンでガガンボを調べてみると、
ガガンボは漢字で「大蚊」と記されており、
やはり、その見た目から「蚊の母」が名前の由来になったという説もあるのだとか。
蚊は産卵の為にメスのみが人の血を吸うけれど、
ガガンボは、オスもメスも人の血を吸うことは無く、花の蜜などを吸って生きており、
あの無駄に長い脚も弱々しく、すぐに折れてしまうのだと言い、
最低最弱の虫という異名まであるのだそう。
彼女たちがガガンボを避けていたように、
私もガガンボを目にすれば、あの大きさに怯んでしまっていたけれど、
もう、その必要はなさそうだ。
それにしても、あの小学生の女の子たちから放たれた
私に対する「やれやれ」といった空気は、とても大人びていたように思う。
そして、ガガンボからではあったけれど、
人を助ける為にスッと手を差し伸べられるなんて、素敵だなとも。
その日の彩雲が運んできてくれたいいことは、
彼女たちとの出会いだったのかもしれない。
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