先日、ある方との会話の中に「御用納め」という言葉が登場した。
その方は、そう発した後、
「あ、今は御用納めなんて言わないか。仕事納めか。」と恥ずかしそうに言い直された。
「どちらでも通じますよ」と返しつつ、社会人なりたての頃のことを思い出した。
定年間近の方と忘年会をご一緒させていただいたときだったと記憶しているのだけれど、
もともとは、幕府などが1年の仕事を終える日をそう呼びはじめ、
これが世の中に広がりながら受け継がれてきた言葉だということを教えていただいた。
そして、「仕事」を意味する「御用」という言葉が時代にそぐわなくなり、
いつの年代からなのか「仕事納め」と言うようになったという。
その時も、「今の若い子たちに御用納めなんて言ったら笑われるかな」というような発言があったものだから、
先日のやり取りが私の遠い記憶のスイッチを押したのだろう。
今でも時々、御用納めという言葉を見聞きすることがあるけれど、
そこに、仰々しさを感じてしまうのであれば、
自分が過ごしてきた時代の影響を知らぬ間に受けているということでもあるのかもしれない。
これだけ時代が移り変わろうとも、
年に、たった1度しか使われる機会を持たない言葉であるにも関わらず、
姿を変えながらも残り続け、忘れ去られることのない言葉がある。
特段印象が強いわけではないのに、人の記憶に残り続けるなんて、ちょっと興味深いじゃないか。
まぁ、その半分くらいは、自分自身や家族、仲間を労い合う瞬間、
言わば暮らしに密接しているということが大きいのだろうけれど。
仕事を納め、年末年始の休暇に入る方が多い中、
このような期間でもサービス業の方々は働いていらっしゃるし、
そうでなくてもお仕事をされている方は多々いらっしゃる。
自宅に居たとしても世の中に多くの女性たちは、
表向きはお休みであっても、実際のところ、身体はフル稼働ということもこの時期の常である。
自分が休んでいると、周りも同じように休みだと思ってしまいがちだけれども、
世の中は、そうとは限らず、いつだって持ちつ持たれつだ。
年末年始も心穏やかに、まいりまりょ。