ゆっくりと静かに、
職人技が効いたお料理を少しだけいただきたいときに足を運ぶ小料理やがある。
足を運ぶ前は、「少しだけ」そのような心持でいるのだけれど、
ここの女将さんの、お酒やお料理を勧めるタイミングや、
お客さんとの距離感が絶妙なものだから、
お店を出る頃には、皆、しっかりと出来上がってしまうのだ。
その日は、少し遅い時間に数名で足を運ぶことになったのだけれども、
ぷりぷりっとした旬のお刺身を前に、各々が「美味しそう」と声を漏らした。
すると、女将さんが、「“けん”も残さず食べて、今朝、うちの畑で採れたキュウリだから」と言った。
お刺身に負けないくらい、シャキッと瑞々しいそれは、少しだけ、
少し先にある初夏を感じさせるような、生命力を感じる味がした。
お刺身には「つま」や「けん」、「辛み」と呼ばれるものが添えられているけれど、
飾りものというようなイメージがついてしまったのか、
それとも、「つま」や「けん」などは使いまわされているといった噂が、
人の記憶に薄っすらと定着してしまっているのか、
女将さんの話によると「つま」や「けん」は、きれいに残されることが多いのだそう。
以前にも飲食店を営む方々から、同様の話を耳にしたことがあったものだから、
マザーテレサが残した「行動にきをつけなさい、それはいつか習慣になるから」という一節が頭に浮かんだ。
もしかしたら、女将さんのようなひと言が、お客さんの行動を変え、
世の中に定着しているイメージを、そして習慣を変えるのかもしれない。
お刺し身に添えられている「つま」は漢字では「妻」や「褄」と表記される。
「妻」という漢字が使われるようになった理由は、
主役であるお刺し身を夫としてみたとき、
「つま」は、お刺身の味をそっと引き立てる役目のものだからというもの。
もうひとつの「褄」という漢字は、端っこという意味が含まれていることから、
お刺身の端に添えられる「つま」ということで、「褄」が使われるようになったのだそう。
「妻(つま)」、「剣(けん)」、「辛み」を総称して「妻(つま)」と呼ぶこともあるけれど、
主に「妻(つま)」と呼ばれるものは、大葉や菊、穂紫蘇、海藻類などで、
「剣(けん)」は、主に大根やキュウリ、人参などのことで、
鋭く細長い状態に切られることから「剣(けん)」と呼ばれるようになったのだとか。
「辛み」は読んで字のごとく、ワサビやショウガ、ニンニクといったもの。
これらは、お刺し身の生臭さを緩和しつつ、お刺身の味を引き立てることに、
ひと役買ってくれているけれど、
更に、消化促進や抗菌性の効果があることから「毒消し」という役割も担っている。
ちなみに、海藻類は、ビタミンやミネラルが豊富ですので胃や腸を整えられ、
ミョウガやキュウリは、カリウムが豊富なので、高血圧の予防や翌日の浮腫み防止に。
大根は、幸せのレシピ集内ではお馴染みですが、
酵素がたっぷり含まれているので、飲み過ぎや食べ過ぎによる胃もやれや消化不良の防止に。
大葉は、錆びない体を作るだけでなく、アレルギーの緩和、解毒作用などが期待できる食材です。
花粉が飛んでいるこの季節は、少し多めに、積極的に口にしてみてはいかがでしょう。
全てをご紹介することはできませんが、
その他の「妻(つま)」や「剣(けん)」、「辛み」にも嬉しい効果、効能がたっぷり含まれています。
お刺身を召し上がるときには、「妻(つま)」や「剣(けん)」、「辛み」をセットにして、お楽しみくださいませ。