雨の匂いがした。
見上げた空は青く、絵に描いたようにクッキリとした輪郭の、白い雲が浮かんでいた。
気配はないけれど、すぐに降り出す。
そう思った私は、知人に雨宿りができそうな所まで移動しようと提案した。
知人も、確かに雨の匂いがすると言い、3つ先の信号を渡った辺りでお店を探していると、
ザザーッという雨音が遠くから押し寄せるようにして近づいてきて、あっという間にグレーの雲が空を覆い、
地面からは、太陽にジリジリと焼かれたアスファルトの匂いを含んだ水蒸気が立ちのぼった。
私たちは、声には出さなかったけれど、お互いに「やっぱりね」というアイコンタクトを交わし、すぐそばに在ったカフェに入った。
私は雨が降るまえに漂う、雨の匂いが好きだ。
正確には、匂いが好きだというよりは、匂いによって少しだけ早く、雨が降ることに気付くことができることに気持ちが弾むのだけれども。
しかし、私とは正反対で、あの雨の匂いを嫌う人もいる。
過去に2人、そのような人に出会ったことがあるのだけれど、その日一緒にいた知人は、私が出会う3人目となった。
その日、2人が感じとったことは、「雨が降る」「雨がくる」と同じだったのだけれど、その後に感じることは真逆だったのだ。
私の気持ちが弾む一方で、私が出会う3人目となった知人は、気分が悪くなりかけていたというのだ。
そして、この雨の匂いを嗅ぐと、ひどい時には気分が悪くなるだけでなく、吐き気がするのだと言った。
雨が通り過ぎるのを待ちながら、そのような話を交わしつつお茶を飲んだ。
この、雨が降る前に感じられる雨の匂いを研究している方々がいると耳にしたことがある。
そして、この匂いには名前があった。
どうしても思い出すことが出来なかったものだから調べてみたのだけれど、この雨の匂いは「ペトリコール」と呼ばれている。
聞きなれないこの名は、あの雨の匂いを研究しているオーストラリアの学者による造語で、1960年代に名付けられていた。
当時の研究結果では、この雨の匂いの成分が、岩石に含まれている油分だと分かったことから、
ギリシャ語で石を表すPetraを元にし、ペトリコールと名付けられたとのこと。
しかし、その後の更なる研究で、この匂い成分のもとは植物由来で、
植物から放出された成分が岩石などに浸み込んでいたことが分かっている。
そして、雨の匂いには、この植物由来の油分以外にも、土壌細菌が作り出した物質も混ざっているという。
ここまで知ってしまうと、雨の匂いと言うよりは、雨によって一斉放出された大地の匂い。
と言う方が適しているように思えてくる。
カフェをでると雨は上がり、空には青空が広がっており、
軒先からポトリと落ちた雨水は、アスファルトの奥へと、あっという間に吸い込まれていった。
次に雨の匂いに出会ったらペトリコールと言う名を思い出すことができるだろうか。
多分、思い出せないような気がしている。
それでも、やはり、これから降り出す雨からの知らせに、私の気持ちはほんの少し弾むのだと思う。
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/