思いもよらぬタイミングでその時はやってきた。
先日触れたソリレスの話題。
あれから、そう時間が経たぬうちに丸鶏のローストを食す機会が訪れ、お宝ソリレスを探す絶好のチャンスを得たのである。
ソリレスをおさらいすると、ソリレスは、鶏の股関節近くというべきか腰骨近くというべきか、脚の付け根付近の窪んだところに収まっているお肉で、1羽からピンポン玉くらいの大きさのものを左右1個ずつ、合計2個とることができる。
限られた数と、この部位を取り出すには職人の知識や腕前が関係することから、希少部位として扱われている。
私は、ソリレスがある場所も、どのように収まっているのかも知っている。
しかし、これまで一度も完璧な形で取り出したことがないのだ。
取り出したことがないばかりか、自力で見つけることができた回数も片手で足りるほどである。
そして今回、既に両手では足りないくらいの回数に達している幾度目かのリベンジの時がやってきた。
こんがりと焼きあげられた丸鶏を、慎重かつ丁寧に解体し、もも肉にむね肉、ささみにヤゲン軟骨も無事に発見。
手羽先にぼんじりに……と順調に見慣れた部位を見つけることができ、丸鶏は、余さず美味しくいただいたのだけれど、
お宝ソリレスは他の部位と一緒に口に運んでしまったか、鶏ガラスープの中でほぐれてしまったか、今回も自力で取り出すことは出来ぬまま宝探しを終えた。
そう言えば、丸鶏を回転させながら丁寧に焼き上げるこの料理、ロティサリーチキンと呼ばれることがあるけれど、こちらは「ローストチキン」のフランス語バージョンである。
丸鶏が、ロティサリーオーブンの中で回転しながら焼かれる様子は、パリのマルシェではよく目にする光景で、こうしてじっくりと焼き上げられたチキンは、余計な脂がしっかりと落ちるため、
自宅オーブンで焼き上げるよりもカロリーを抑えることができるヘルシーメニューだと言われていた。
「ヘルシー」という表現の振り幅も様々ではあるのだけれど、脂が落ち、味付けも少量の塩やハーブのみであることが多く、見た目から受ける印象よりはヘルシーであるように思う。
しかし、お肉はしっとりジューシーで、パサつきとは無縁という所も魅力だ。
鶏ガラは、ひたひたに浸かるくらいのお水で煮込めば、白濁した美味しいスープが取れる。
私はアクと一緒に、ここでも余計な脂を取り除きながら4、50分ほど煮込んだスープを2、3度漉し、少量のお塩とネギを入れたり、ニラを入れたり、その時々で入れる薬味は異なるのだけれど、スープとして、雑炊やにゅう麺として楽しむのも密かな楽しみである。
今回も、秘宝は見つけられなかったけれど、いつの間にか、もも肉やむね肉、ささみやヤゲン軟骨に、手羽先にぼんじりなど、軽々探し当てられるようになったものがあることに気が付いた。
なかなか探し当てられない宝があるからこそ「もう一度」と、ちょっとした、お祭り感覚が味わえているのかもしれない。
ものごとがスムースに進んでいくことは気持ち良いけれど、行きつ戻りつ進んでいくのも悪くないのかもしれない。
そのようなことを思いながら、ソリレスの旨味が溶け出しているかもしれない鶏ガラスープで作ったにゅう麺を楽しんだ日。
関連記事:
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/