トマトが好き。
どこが好きかと聞かれれば、まずは色。
お日様をたっぷり浴びてきました、と全身で伝えてくれているような、あの赤がいい。
私は赤いトマト贔屓ではあるのだけれど、
その時々のトマト事情も体感しておきたくて、時々、赤くないトマトにも手を伸ばす。
完熟にも関わらず鮮やかな緑色をしているトマトは爽やかな酸味が特徴。
黄色やオレンジ色のトマトは、酸味が感じられるものから甘みが感じられるものまである。
これらは、カットしてサラダに混ぜ込むとパッと鮮やかな花が咲いたようにも見えて重宝する。
そして、妖艶な大人の香り漂う、ほんのりとした赤みを隠し持った紫色や黒いトマトは、
その見た目に反して意外にもあっさりとしているのだ。
熱を加えると私たちが思い浮かべるトマトの味を極限まで薄くしたような、
緑色のトマトとは別物である爽やかさがあり、
人もトマトも見た目だけで簡単に判断してはいけないのだと思い知らされるようなお味。
色だけではなく、トマトのサイズもマイクロミニサイズと呼ばれる小さなものから
手の平いっぱいにずっしりと重みを感じる大きなサイズのものまで、本当に様々だ。
どうしてこのタイミングでトマトの話なのかと言うと、
トマトが旬を迎える、これからの季節が楽しみでたまらないのだ。
この時季は、出来る限り枝付きのトマトを買う。
あの緑色の枝から香るワイルドな青臭さには、
太陽と大地のにおいがたっぷりと詰め込まれている気がするのだ。
いつもキレイで安定した味のお野菜たち。
市場がそれを望み、生産者の皆さんが多大なる努力をして下さった結果で、
私もその恩恵を受けているのだけれど、
勝手を言って許されるのなら、野菜の個性が失われているようでもあり、
少しばかり、寂しさを感じるのだ。
時々、自然の恵み溢れる場所へ足を運んで食事をすると感じる、野菜本来の味。
形も大きさも不揃いで不格好だったりもするのだけれど、
ドレッシングもお塩も要らないと感じるくらい野菜本来の個性溢れる味がする。
人も野菜も同じなのかもしれない。
気付かぬうちに素敵な個性をどこかに置いてきてしまっているのかも。
何もかも周りと同じにしなくたって十分素敵で魅力的であるはずなのに。
買ってきたばかりの枝付きトマトの香りを吸い込みながら、
少し早いけれど初夏の匂いを感じたある日の昼下がり。