出かけた先で目に留まった紅茶のパッケージは、異国の地でよく手にとっていたものだった。
今の自分が好んで口にしているものとは少し異なる味だと知りつつも、
懐かしい気持ちに背中を押されるようにして、そのパッケージを手にレジへ並んだ。
そして、帰宅後は、その紅茶を淹れるためにキッチンへと直行した。
適当な場所にバッグを置き、ストールやコートを置き、パッケージを開けながらお湯を沸かす。
時間が無いわけではないのに、気が急くのは、
異国の地で過ごした日々を一刻も早く味わいたかったのかもしれない。
茶葉にお湯を注ぐと、ふわっと紅茶の香りが辺りに広がった。
これ、これ、これ。
落ち着きなくキッチンで一口。
あの頃の味と違うように感じるのは、使っている水の成分や、味覚の変化、その他諸々が影響してのことだろう。
それでも、鼻を擽る紅茶の香りは、あの時のままで、
しばらくの間、当時の出来事が脳内をゆっくりと流れていった。
香水の香りで懐かしい人を思い出したり、
花の香りや風の匂いが子どもの頃の記憶を呼び起こしたり、
ある香りを感じると、その香りに関連した出来事や人を思い出すことがある。
この現象は、『失われた時を求めて』という小説の著者であるプルーストがもとになっており、
プルースト現象と呼ばれている。
この小説に登場する主人公は、
マドレーヌを紅茶に浸した時の香りで過去を思い出すのだけれど、
このシーンがとても有名になり、
香りから過去の記憶が鮮明に思い出される現象に彼の名が使われたのだ。
臭覚や視覚、味覚、聴覚に関連付けされた記憶は、
私たちの脳内で別々に保管されているという。
そして、それぞれの感覚に関連付けされた記憶が引っ張り出されるスイッチとなるのが、各々の感覚による刺激なのだそう。
臭覚は記憶を引っ張り出すスイッチとなることがあるけれど、
これ以外にも、その時々に必要な香りを知らせるセンサーでもあるように思う。
そして、このセンサーの判断基準は男性と女性で異なっているように感じることもある。
と言うのは、アロマオイルや好まれる香りを観察していると、
女性にはある程度人気があるのに、男性には人気がない香り、というものがある。
そして、男性には人気がある香りなのだけれど、
女性は好き嫌いが分かれる香り、というものもある。
もちろん、性格や体質、その時々の体調によっても好みの香りは異なってくるので、
はっきりと言い切れるような正解はないのだけれど、
そのようなリアクションをもとに、その方の性別や取り巻く環境や状態を見ていると、
男性は男性にとって必要な香りを、女性は女性にとって必要な香りを心地良いと感じており、
人はその時々に必要な香りを自分で選んでいることがとても多いと感じるのだ。
香りを仕事にしている方が、
女性は女性ホルモンを整える効果があるような香りを心地よいと感じることが多いけれど、
男性はそのような作用がある香りを苦手とする方が多いと話してくださったことがあった。
そして、男性も女性も心地よいと感じる香りは、
性別に関係なく人の身体や細胞が必要としている効果を含んでいると。
もちろん、「そのような傾向にあるように思う」というレベルでの話なのだけれど、
この時も、香りは面白いと思った。
香りと共に記憶を辿り、懐かしさを味わうもよし。
香りから自分の深層に触れてみるもよし。
日々、当たり前のように感じている「香り」の中にも、
面白さや不思議さ、自分の今を知るヒントが、
自分が感じている以上に潜んでいるのかもしれません。