今にも溶け落ちてしまいそうな満月を眺めていたらハチミツが恋しくなったものだから、
部屋へ戻るとすぐに、ハチミツだけで作られたキャンディーを口の中へ放り込んだ。
スプーンで同じ量のハチミツを口の中へ運んだなら、あっという間に溶けてなくなってしまうけれど、
キャンディーであればじっくりと味わうことができる。
これを最初に考えた人、地味にすごい。
そう思いながら2個目に手が伸びかけたとき、私のスマートフォンが鳴った。
何してた?
ハチミツキャンディー食べてた。
小学生レベルの会話を挨拶代わりに交わすと友人は用件を話はじめた。
大掃除を兼ねて家の中をスッキリ整えようと、収納グッズをあれやこれやと買い込み、
いざ、整理整頓を!と取り掛かったそうなのだけれども、
家の中が片付くどころか逆に荒れてしまい気分転換に電話をかけてきたというのだ。
毎日忙しくしているのに、掃除だけでなく大掛かりな整理整頓まで、どうしてこのタイミング?と返すと
友人好みの素敵な収納術を発信している方のブログを見つけ、
あっという間に感化され、居ても立ってもいられなくなったというのだ。
一人で何役もこなす、パワフルで猪突猛進タイプの友人らしい行動力に感服していると、
その荒れた状態を楽しんでいるかのようにも見える友人が
柊希なら、ここからどう方向転換する?と問いかけてきた。
現状を変えたいとき。
人はつい何か新しいことを取り入れようとするけれど、
新しいことを取り入れても現状を変えられないとき、現状が滞るときというのは、
溜め込んでいる何かを出したり、取り除いてみると、
思いの外、ものごとがスムースに流れ出したり、新しい風が入ってきたりするものだ。
新しい空気を吸い込むためには、体内の空気を吐き出さないといけないし、
パワフルに動くためには溜めこんだ疲れを取り除かなくてはいけない。
お腹がいっぱいで食べたものが消化しきれていないときには、
どんなに体に良いものだったとしても、豪華なご馳走だったとしても、
摂り込むことができないのと同じように。
そう思うと、日常の中で抱いたモヤモヤとした気持ちや、やるせない気持ちなんかも同じで、
頑張ってこれをしなくては、もっと頑張らなくては、と自分に課したり、新しい感情取り込もうとしても、
片付くどころか荒れてしまうように思う。
私の友人の大掃除のように。
ものごとも気持ちも、滞ってしまうときには、
溜め込んでいるものを取り除いたり、仕分けしてみたり、
不要であれば思い切って処分することで“動き出す何か”もあるのではないかと思う。
余裕、余白、隙間は、自分が思っている以上に必要なもの。
気持ちに余裕がなく、優しくしなくてはいけない、あれも片付けておかなくていけない、と自分に課してしまう時は、
まずは体内に溜まっている不要な疲れを取ってみることで、
回復した体力と共に、本来自分が持っている優しさや、
効率よく片付けられるアイデアや機転が自然と自分の中から出てくるように思う。
もちろん、取り入れることで変わる現状も多々あるのだけれど、
滞っている現状を打破するためにできることは、取り入れることだけとは限らない。
そのような思考が脳内をひと通り巡ったところで、
友人には、新しい収納グッズを広げる前に、
まずは不要なものを思いっきり処分して仕切り直すかな。と答えた満月の夜。