シルクのスカーフとストールを引っ張り出し、お手入れをすることにした。
肌当たりが柔らかく、しなやかで、落ち着いたツヤ感は、見ていても、触れていても心地良い。
この心地良さに欠かすことができない絹糸を生み出すは虫である蚕(かいこ)。
絹糸は、蚕(かいこ)が桑の葉を食べ、口から吐いた白い糸で作る繭から採取され、
その絹糸で織った地は、国内だけでなく輸出品のひとつとして国外にも届けられている。
蚕(かいこ)は、古事記や日本書紀といった古い書物の中にも登場することから、
随分と長い間、日本の生活を支えてきたものであることが分かる。
蚕(かいこ)は、イモムシのような幼虫で初めは黒い幼虫なのだけれど、脱皮をすると白くなるのだそう。
もし仮に、この白い蚕(かいこ)を自然界に解き放ったならどうなるのか。
彼らは、その美しい白さゆえ、自然界では目立ちすぎてしまい、
すぐに外敵に捕食され生きていくことはできないのだという。
では、成虫になれば大丈夫なのか?答えはノー。
成虫になった蚕(かいこ)には羽があるそうなのだけれど、この羽はすでに退化しており飛ぶことはできないという。
蚕(かいこ)は家畜として人に飼われることでしか生きられない虫なのだ。
しかも、蚕(かいこ)は、湿度が低い場所を好むらしく、
養蚕農家では日当たりの良い南向きの部屋を蚕(かいこ)に譲り渡し、
自分たちは、日当たりが悪く、湿気やすい部屋で生活をしていたというのだから、
蚕(かいこ)を養う人も簡単ではない。
それでも人が蚕(かいこ)を手放さなかったのは、それだけ蚕(かいこ)が人にもたらす富は大きかったからだろう。
手をかける過程で愛情が湧いたのか、もたらされた富によるものか、
いつの間にか蚕(かいこ)は神格化され、「お蚕」、「お蚕さま」などと呼ばれるようになり、養蚕の守護神になったという。
シルクのスカーフのお手入れをしながら、随分と遠い日に耳にしたそのような話を、
ぽつりぽつりと思い出していたのだけれど、今の養蚕業はどうなっているのだろうか、とふと思う。
もちろん、昔ながらの手作業で養蚕業を続けられている方もいらっしゃるのだろうけれど、簡単ではない作業だ。
そして、一方では、ピンキリとは言えシルク製品も大量に出回っている現状がある。
きっと、南向きの部屋で日向ぼっこをしながら繭を作っている蚕(かいこ)は少なくて、
その多くは、衛生管理が行き届いている近未来を思わせるような環境で繭づくりに勤しんでいるのだろう。
シルク製品が自分の手元に届くまでの工程を、
子どもにはない経験と知識で想像を働かせて推測することはできるけれど、
私も、魚を知らない子どもたちと似たり寄ったりなのかもしれない。
自分の手元にあるものが、どういった経緯で手元にやってきてくれたのか。
何ごとも当たり前ではないのだと頭では分かっているのだけれど、人は時々、そのことを忘れてしまう。
きれいに仕上がったら、もっと大切に扱おう。
そのようなことを思いながら、スカーフのお手入れを続けた。
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