雑誌を捲っているとアンニュイという言葉が目に留まった。
いつからだろう、フランス語であるアンニュイという言葉が巷に溢れ始めたのは。
日本では、けだるそうな様子や物憂い雰囲気を醸し出しているような時に使われており、
人を魅了する、独特な雰囲気やミステリアスさというニュアンスを含んでいることが多い。
そこにはネガティブなイメージはなく、
むしろ、ちょっとおしゃれな雰囲気をまとった言葉として定着しているのではないだろうか、と思う。
かく言う私も、フランス人の知り合いができるまでは、そのような言葉として扱っていた。
もう随分と昔の話になってしまうのだけれども、その日もプライベートタイムにフランス語講師に会っていた。
彼女に言われて毎日書いていたフランス語による数行日記を広げ、お茶を飲みつつ会話をしていたのだと思う。
文章だけでは間が持たないかもしれないと思っていた当時の私は、
ある時から、1週間のうちの数日は、文章と一緒に雑誌の切り抜きなどをノートに貼り付けるようになっていた。
素敵な秋の装いのモデルの画を貼り付け、日本のファッション誌にありがちな、
「アンニュイな雰囲気が素敵な1枚」といったコメントを書き添えたように記憶している。
会話に困らないようにと仕込んだ、切り抜きとコメントだったけれど、
彼女は、「アンニュイ?」と2、3回復唱し、「素敵な写真だと思うけれど……」と言いながら、きゅーっと眉間にシワを寄せた。
フランスでは、日本人がメインに使うアンニュイの意味は、ほとんど通じないのだ。
日本の辞書に記されているアンニュイの意味には「退屈」「倦怠」というものがあるけれど、
フランスでは、この「退屈」や「倦怠」、「面倒」や「不安」といった、
どちらかと言えば、ネガティブなニュアンスを含んだ言葉として使われている。
だから、私のような使い方や、日本で目にするアンニュイの使い方に違和感を覚える人は多く、
人に対して使う際には注意が必要だと指摘されたのだ。
しかし、日本人が美的なものを表現する際に、アンニュイという言葉を使うようになった理由もあった。
19世紀末に、この、退屈や倦怠、面倒や不安などの中にある美しさを追求するデカダンス文学というものがヨーロッパ中に広がった。
これは、健康的な美しさや魅力とは異なる、ミステリアスな魅力である。
デカダンス文学は、次第に世界中に広がり、日本の作家たちの中にもこの影響を受けた人たちがいる。
そのような文章や表現に触れた日本人は、
人を魅了する、独特な雰囲気やミステリアスさなどのニュアンスを含ませた意味合いをメインに、受け継いでいるようなのである。
当時の私には、このような知識を持ち合わせていなかったものだから、
間違った使い方をしていたのだと思い、以後しばらくは、アンニュイという言葉に慎重になっていたように思う。
しかし今は、本来の意味や使い方を知り、
日本人が使うアンニュイという言葉の使い方は、正しいわけではないけれど、
あながち間違いだとも言えないと思いつつ、使い手がどちらの意味で使っているのか見定めることにしている。
アンニュイという言葉に触れる機会がありましたら、
本来の意味も一緒に思い出してみてはいかがでしょうか。
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