キッチンでふと、明治座のカフェにある和風サンドウィッチを食べたくなった。
舞台の幕間に設けられた休憩時間のティータイムに、何か少しだけ摘まみたいと感じたときに選ぶメニューである。
パンに挟まれているのは、キュウリや蒲鉾、海苔、胡麻などの食材で派手さは無いのだけれど、何とも不思議な心地よさと言えば良いのか、ノスタルジックな味と言えば良いのか、とても落ち着くサンドウィッチだ。
自宅で似たようなものを再現したこともあるけれど、この一品は、あの場所で口にするから味わい深いのだろうという結論に達してから、自宅で作ることは無くなったけれど、そろそろ本格的に恋しくなっているのかもしれない。
そのようなことを思いながらカップボード内の整理をしていると牡丹をあしらったお皿が数枚あることに気が付いた。
牡丹は英語ではツリーピオニーと呼ばれており、同じボタン科の芍薬はチャイニーズピオニーと言って区別されている。
しかし、外国では、ここまではっきりと呼び分けられることはなく、ボタン科の植物はどれもピオニーと呼ばれていたように思う。
このピオニーという名はギリシャ神話から名付けられたという説がある。
いくつか見聞きした由来なのけれど、私の記憶に残っているのは薬を司る神ペオンのストーリーである。
ペオンは、不思議な力を宿していると言われている植物を求めてオリンポスの山へ行くのだけれど、そこで、全知全能の神ゼウスの子をお腹に宿している女神に出会うのだ。
そして、その不思議な力を宿していると言われている植物の根っこが痛みを和らげる効果を持つことを教えてもらう。
その植物を持ち帰ったペオンは、戦で負傷した神々や神に仕えていた者たちをその植物で治療したという。
何の問題もない出来事なのだけれど、いつの世も人の心は自分自身でもどうすることもできないような思いに囚われることがあるようで、
このペオンの活躍をそばで見ていたペオンの師匠は、自分を超えてしまったペオンに嫉妬し、彼の命を奪ってしまったという。
かつてペオンに戦の傷を治療してもらった神は、この悲しい出来事に心を痛め、ペオンをその不思議な力を宿している植物に変えたというストーリーだ。
このラストには、複数のバージョンがあり、ペオンが命を師匠に奪われる直前に神によって、その植物に姿を変えられたというラストもあり、このストーリーに登場する植物がピオニーだと言われている。
他にもギリシャ神話内でよく見られるシチュエーションのストーリーが、ピオニーの名の由来だとする説があるのだけれど、ボタン科の植物はペオンが生まれ変わった花としてピオニーの名が付けられているそうだ。
そのようなストーリーを思い出しながら、複数あった牡丹をあしらったお皿の中からとっておきの1枚を残すべく、しばしの間、静かにお皿を眺めた。
全ての花の背景にドラマティックなストーリーが在るという訳ではないのだけれど、このような切り口で花やストーリーに触れてみると、暮らしのなかで触れる様々な景色にほんの少し、また違った奥行きが生まれるように思う。
ピオニーの名に触れる機会がありました際には、今回のお話の何かしらかをチラリと思い出していただけましたら幸いです。
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