今夜は秋刀魚を食べよう。
そう思い立ち、冷蔵庫からぷりっぷり、きらっきらのルックスをした秋刀魚を取りだした。
秋刀魚がまとっていた冷気をキッチンの温度に馴染ませている間、グリル内を予熱するために火を入れた。
今夜は大丈夫だろうか……、キッチンをぐるりと見渡した。
この大丈夫だろうかとは、警報機のことである。
どういうわけかワタクシ、現在のマンションに越してきてから、数回ほど警報機を鳴らしてしまったことがあるのだ。
グリルを使用するのは何も魚を焼く時だけではないのだけれど、過去のシチュエーションが全て魚を焼いているときだったこともあり、ここのところ、魚を焼く前には小さな緊張が胸の中を右往左往するようになってしまった。
何が嫌なのかと言うと、まずはあの音である。
警報機というだけあり、緊急事態感をこれでもかと詰め込んだような音がする。
そして、その耳慣れないあの音に、私の心臓も、緊急事態感を表したかのような音とリズムで刻み始めるのだ。
次に、マンション中にどれ程鳴り響いているのだろうかという、お騒がせして申し訳ないという感情に襲われ、無駄に家の中を右往左往する自分に遭遇することだ。
「落ち着こう」「落ち着け」と自分に何度語りかけても、体は聞く耳を持たずに右往左往するのである。
室内には、この警報機音を止めるボタンが用意されているのだけれど、そのようなボタンなど生まれてこの方押した経験を持たない私は、
最初の事件のとき、本当にこのボタンを押しても良いのだろうかと躊躇した挙句、その隣にあった火災確定ボタンを押すという失態をやらかした。
あの時は、よりによって、どうしてそちらのボタンを押すかなと、自分自身に対してそれはそれは大きく凹んだ。
しかし、すぐに私のスマートフォンが鳴り、警備会社から「どうされました?大丈夫ですか?」と連絡が入り、「魚を焼いていたら……」と状況を説明し、無事に警報機は止まった。
火災確定を押すという失態は一度きりだけれども、警報音を幾度か繰り返し鳴らしている私は、いつかオオカミ少年になってしまわないかという不安も抱きつつ、魚を焼いているのである。
後に、この警報音はまず初めに管理人室に鳴り響くということが管理人さんとの会話で分かった。
感度が高い警報機が備え付けられていることや、何かあれば警備会社からすぐに連絡がくることは、とても心強いこと。
そして、警備会社の方も管理人さんも無事で良かったと、毎回笑って言って下さり有難いのだけれど、
その度に、申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、あっさりと冷静さを失う自分に自信喪失するのである。
この日の秋刀魚は、何ごともなく、こんがり美味しそうに焼き上がり胸を撫でおろしたのだけれど、胸の中を右往左往する小さな緊張からは解放されたいこの頃である。
皆様は大丈夫だと思うのですが、脂がのった、ぷりっぷり、きらっきらのルックスをした秋刀魚を召し上がる際には、換気扇の準備をお忘れなく。
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