カロリーを度外視した濃厚なベイクドチーズケーキを口にしたくなった。
それならば焼いてしまおうと思い立ち、調理に取り掛かった。
私が作るそれは、私のフランス語講師だったフランス人女性直伝のレシピである。
とにかく何でも豪快で適当に見えた彼女だったけれど、私にいろいろなギフトを遺してくれた恩師であり、友人であり、叔母のような存在でもあった。
彼女から教えられたとおりの食材をキッチンに広げ、準備した調理器具はボウルや泡だて器ではなくスムージーなどを作るときに使うミキサーとゴムベラ。
最初にクリームチーズをミキサーでかくはんするというお約束だけ守れば、あとは全ての材料をミキサーに入れて、滑らかになるまで、更にかくはんすれば生地の出来上がりである。
手持ちの使い捨てのケーキ型の底に砕いたビスケットに融かしバターを混ぜたものをたっぷり厚めに敷き詰めた上に生地を流し込んで焼くだけ。
焼きあがったら粗熱をとって冷蔵庫で冷やせば出来上がり。
カロリーを度外視した罪悪感からか、私はこれを食べるときには、そこにフルーツを添えることが多い。
この日は、フレッシュなフルーツが不在だったため冷凍のブルーベリーを添えてることにした。
チーズケーキを焼き始めてしばらくすると、底に敷いたクッキーからだろう。
キャラメルのような香りがたち始め、それがチーズの香りと相まって幸せな香りとしてキッチンに広がった。
大人になると「待ち遠しい」という気持ちも貴重なものになってくるけれど、この幸せな香りは私を簡単にそのような気持ちにさせてくれるもののひとつだ。
後片付けをしながら待ち遠しいという気持ちを堪能していると、自分の口が「twinkle twinkle little star……」と『きらきら星』を口ずさんでいることに気が付いた。
何がスイッチとなったのかは分からないけれど、この部分だけを何度も繰り返しており、そのループから抜け出せずにいた。
メロディーやフレーズが頭の中や口で繰り返されるこの現象、誰もが一度は経験したことがあると思うのだけれど「耳の虫」と呼ばれている。
どうしてこのようなことが起こるのかは未だ分かっていなかったと思うのだけれど、ある心理学者の方の話によると、
何もすることがないようなときや、簡単な作業をしているとき、自分に精神的な負荷がかかっていないようなときに、自分で自分をより楽しませようとして現れる現象なのだとか。
小さな子どもたちが同じフレーズを何度も何度も口ずさむのも、もしかしたら、この耳の虫の仕業なのかもしれない。
しかし、この現象は時に、止めたいのに止められないというストレスを人に与えることもある。
そのようなときには、ガムを噛んで刺激を与えると止まることが多いという。
この日の私は、チーズケーキが焼きあがるまでの待ち遠しさを、『きらきら星』を口ずさむという楽しみで紛らわせようとしていたようである。
そう言えば、彼女もいつも料理をしながら歌を歌っていたなと懐かしい光景を思い出しながら、オーブンの中を覗き込んだ日。
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