使用期限が迫っているカイロを積極的に消費中の今季、改めて日本の便利さに感心している。
このような便利アイテムを手軽なお値段で購入できる国はそう多くはない。
私がかつて住んでいたイギリスの冬は寒く、冷たく、薄暗く。
気を抜いてしまうと、魂まで抜かれてしまうのではないだろうかと思うような日が多々あるのだけれど、私は日本のカイロにどれほど助けられたことだろう。
当時は日本から送られてくるものは、どれも幸せや温もりを感じるものだったけれど、カイロのように実感できる温もりは、ダイレクトに身体に響いたように思う。
温泉気分が楽しめる名湯シリーズの入浴剤も非常に嬉しい贈り物だった。
日本にいる時には、外国ものの素敵なパッケージデザインのバスミルクやバスソルトに心踊らされていたというのに、日常が変わるとあっさりと変わるものもあることを、身をもって知ったのも、この時だったように思う。
冬の寒さが一段と厳しい日のことだったと思うのだけれど、使い慣れたカイロを何気なくポケットから取り出して、寒そうに両手を擦り合わせているあちらの友人の手に持たせたときの驚きの表情といったら。
今でもハッキリと覚えているくらい、良いリアクションだった。
そして、このカイロというアイテムを通して互いの文化や国のことを教え合うことになるのだけれど、そこで、カイロというアイテムが世界共通のアイテムではないことに気付くのである。
と同時に、日本は歴史的観点から見ると欧米よりも何かと遅れていると見られがちだけれど、果たしてそうなのだろうか、と思うのである。
予め、どちらが上だとか下だとか、良いとか悪いとかの話ではないことを書き添えた上で話を続けると、このときの私は心の中で『ウサギとカメ』のようなことになっているぞと思っていた。
もちろん、そのようなことをポロリと口にして、誤解が生まれないように真意を伝えられるほどの英語力が伴っていなかった私は、心の中で思うだけに止めたのだけれど。
カイロは私にとっても日本から送られてきた貴重なアイテムだったものだから、大切に、ここぞという日に使っていたのだけれど、友人のリアクション見たさに新しいものをプレゼントしたように記憶している。
すると、冷たいカイロがじわじわと温かくなる様子に友人は再び大はしゃぎ。
外国の方の中にもシャイな方はたくさんいらっしゃるから、全ての方がオーバーリアクションを取るわけではないのだけれど、私の周りにいる友人や知人たちは皆パワフルで、いい大人であるにも関わらず、私がお腹いっぱいになるくらい感動してくれていた。
見慣れた、使い慣れた、カイロだけれど、そのような意味では私の思い出の一品と言えるのかもしれない。
今のイギリスにカイロのようなものがあるのかは分からないけれど、ポケットの中に忍ばせている熱々のカイロをニギニギと触りながら、日本は痒い所に手が届く国だと改めて思った日。
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