いつだったか。
数年前に訪れた旅先で目にした南部鉄器製の急須を、時折思い出すことがある。
フォルムも発色もとても素敵でひと目惚れに近い衝撃を受けた。
すぐに購入すれば良かったのだけれど、今や南部鉄器製の急須は様々なところで購入することができることもあり、
その時はショールーム感覚で、発色や手触り、使いやすさなどの実物確認のみ行い、改めて購入しようとその場では見送ったのだ。
しかし、自宅に戻りネット上を見回っても、南部鉄器を扱っている近場のショップをのぞいてみても、あの時見た絶妙な色とフォルムの組み合わせには出会うことが出来ず、今に至っている。
長年愛用している小ぶりな南部鉄器製の急須もお気に入りの一品なのだけれど、そろそろ本気で探してみようかと思いつつ、茶筒を取り出した。
お茶菓子を選ばないデザインではあるけれど、あの急須を手に入れたらまずは何と合わせようかと想像してみた。
和洋中、四季折々のお菓子が頭に浮かんだけれど、やはり最初は和菓子を合わせてみたい。
奇をてらったようなものではなく、羊羹や最中、お饅頭といったシンプルなものを。
そうは言いつつも、南部鉄器の艶やかな色に合わせるように、ちょっとした遊び心はトッピングしたいから、香ばしい香りを放つ最中の皮に、程よい甘さの餡を自分好みの塩梅で詰めていただくスタイルの最中など、いいのではないだろうか。
今の時季であれば、最中の皮の中にアイスクリームを詰めていただくのも乙だけれど、ここは初志貫徹。最中に決定だ。
などと、思いを巡らせながら茶葉を入れた急須にお湯を注ぎ淹れた。
そうそう、最中といえば、新正堂という和菓子店には切腹最中という個性的な名をした最中がある。
最中の皮で封じることができないくらいの量の粒あんが入っており、どこからみても中の餡が見える最中なのだけれど、餡の中央には真っ白い求肥が入っているため、ずっしりとした見た目に反してぺろりと食べられる最中である。
初めて目にしたときには、最中の皮がぱっくりと開いている様子が切腹を思わせるから、この名が付けられているのだろうかと思ったけれど、
聞けば、こちらのお店が忠臣蔵の起こりとなった浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹した屋敷跡にあるため、忠臣蔵にまつわる数々の語りぐさが、このお菓子を通して多くの方の口の端に上ればという思いが込められているとのことだった。
私が初めてこの切腹最中をいただいたのは、当時の仕事仲間からの差し入れだったように思う。
ちょっとしたトラブルが起き、それを皆で対処したのだけれど、翌日にお詫びと感謝の気持ちだと言って手渡されたのだ。
「切腹だなんて大袈裟な」と皆で笑いながら美味しくいただいたのだけれど、その時に、忠臣蔵を良く知る方から物語に登場する人物たちの話を聴いたように思う。
そちらの話の中身は、申し訳ないくらい覚えていないのだけれど今になって振り返ると、新正堂さんの狙い通り、願い通り、切腹最中を通して忠臣蔵の話が口の端に上ったのである。
久しぶりに、新正堂の切腹最中を食べたくなったかも。
そのようなことを思った朝である。
機会がありました折には切腹最中、忠臣蔵の話題とともにいかがでしょうか。
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