茶葉を入れたキャニスターを取り出そうとしたときに、茶筒が目に留まった。
桜の木の皮を使って作られた樺細工(桜皮細工とも)のそれとは、もう十数年のお付き合いである。
使い始めた頃に茶筒が纏っていた桜の香りは飛んで無くなってしまったけれど、いつからか、緑茶葉の爽やかな香りを放つようになったお気に入りである。
茶筒の中に忍ばせている茶さじは、携帯用のミニ靴べらのような形をした板に桜模様があしらわれており、旅先でひと目惚れしたもの。
別々に私のもとにやってきた道具だけれども、どこからどう見てもワンセットという雰囲気は、まるで長い年月を連れ添ってきた夫婦を連想させるかのような馴染みっぷりである。
毎日、何かしらの茶葉を手に取るため、この茶筒も日に1度は視界に入っているはず。
しかし、様々なお茶を楽しむことができるこの時代だからなのだろうか。
ここのところ緑茶を手に取っていなかったことに気が付きハッとした。
よく、「朝茶は福が増す」だとか「朝茶は七里帰っても飲め/朝茶は三里行っても飲め」だとか、「朝茶はその日の難逃がれ」と言われている。
これらは、お茶に関することわざで、意味は、「朝にお茶を飲むと舞い込む服が増える」「朝にお茶を飲んだ日は様々な災難から逃れることができる。」
「朝のお茶は災難除けも兼ねているため、飲み忘れて外出してしまったら、例え三里歩いてしまった後でも一旦自宅へ戻ってお茶を飲むべきだ。」
「一度自宅へ戻り再出発することで往復七里の道を歩くことになったとしても、一旦自宅へ戻ってお茶を飲むべきだ。」といったものである。
一見、おまじないのようにも聞こえることわざだけれども、お茶には美容と健康を底上げすることができる成分がたっぷりと含まれている。
免疫力を上げて美肌の手助けをしてくれるビタミンCをはじめ、体を錆びさせないために働いてくれるカテキンも豊富で、カテキンは脂肪を燃やしたり、アレルギーを抑えたり、免疫力を上げることも得意としている。
他にも、適度なカフェインを摂取することにもなるので、眠気を覚まし、1日をエネルギッシュに過ごすためのサポートも行ってくれると言われている。
季節の変わり目で体温調節が難しいこの時季は、体を冷やさないことも免疫力アップにも繋がるけれど、温かいお茶は体を温めながら整えることができる、頼れる飲み物だ。
先人たちが残したことわざから、そのようなことを思い出しつつ、急須を取り出して緑茶を淹れた。
お茶の出来上がりを待つ間、桜模様をあしらった茶さじを片付けながら思い出したのは、少し前に目にした八重桜である。
満開を迎えた八重桜は、ふわふわとした花を付けた枝が石垣の向こう側から道路側へ伸びており、離れたところから眺めるそれは、ピンク色のシャワーが出ているように見えた。
八重桜が散りはじめると、初夏がすぐそばまで来ているサインである。
急須から湯呑みへとお茶を注ぎ入れながら、来年の今頃は何かに追われていたとしても、その手を止めて、存分に桜を楽しもうと心に決めた晩春のひとこまである。
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