暑さと強い日差しを苦手としている私は、今年の夏も夜行性寄りで過ごしている。
その日は、どうしても昼間に出かけなくてはいけなくなり、腹を決めて玄関に立った。
玄関ドアを開けようとしたとき、外から蝉の妙な鳴き声が聞こえた。
蝉が玄関先でひっくり返った状態で鳴いているのかもしれないと予想し、蝉がこちらに飛んでこないように警戒しつつ、ドアをそっと開けた。
しかし、目に飛び込んできた光景は、スズメの4、5倍ほどの大きさをした鳥のようなものが、飛び立つ後ろ姿であった。
あれ、蝉ではなく鳥だったか。
そう思って外へ出ると、その鳥がいた場所に蝉の羽が2枚落ちていた。
羽を広げた状態で胴体部分だけを取り除かれたような不自然な光景だった。
2枚の蝉の羽に蝉の妙な鳴き声と飛び立つ鳥の残像から、そこで起きていたことに察しがついたけれど、脳内に広がるリアルな想像を強引に押し込めて、その場を離れた。
そうだった。自然界は、いつだってサバイバルであった。
自宅を出るや否や、そのような光景に出会ってしまい調子が狂ってしまったけれど、外は蝉時雨。
彼らの大合唱がシャワーのように降り注いでいた。
用事を済ませて帰宅し、一息ついた後に鞄の中を覗き込むと、お気に入りのハンカチが赤く染まっていた。
何事だ!?と取り出すと印鑑ケースがパカッと開いており、簡単には開くはずがない朱肉カバーもパカッと開き、その上にハンカチが覆いかぶさっていた。
赤の犯人は朱肉である。
朱肉は大切な場面で使われるため、インクと異なり落ちにくい材料をいくつも混ぜ合わせて作られているという。
朱肉部分に印鑑を押し付けた際に、印鑑越しにねっとりとした感覚が伝わるのは、その材料によるものだ。
朱肉レシピは忘れてしまったけれど数種類の油が混ぜられていたと記憶しており、成分を知った時は、どおりで指先や服に付いたら厄介なはずだと思った。
幸いなことに、これまで朱肉の厄介事に遭うことなく過ごしていたのだけれど、その日は、これである。
お気に入りのハンカチを救出すべく、メイククレンジングオイル、食器専用洗剤、除光液を用意した。
朱肉落としには、この3種類が効くと言われているのだけれど、数種類の油を使っている朱肉なので、まずは油汚れに強い食器専用洗剤で落とせるだけの油を落とすことにした。
いつもの如く、指先に少し多めの食器専用洗剤を出して少量の水で溶き、それを朱肉がついた部分に染み込ませるように揉み広げていく。
水で洗い流してしまうと、せっかく溶けだした油分を固めてしまうので、ぬるま湯を使って洗い流す。
これを2回ほど繰り返すと7割ほど取れるので、次は軽くタオルで水けを取り除き、朱肉のシミが残っている部分に、メイクなどの色付き油汚れを落とすことに長けているメイククレンジングオイルを直接かけて揉み洗いして、ぬるま湯で濯ぐ。
「目には目を」ではないけれど、「油汚れは油で」といったイメージである。
これでほとんど落ちているので、あとは通常のお洗濯を行えば気にせず使えるほどにまで復活するのだけれど、
今回は特にお気に入りのハンカチだったこともあり、石鹸をハンカチで泡立ててメイククレンジング残りを完全に落とした後、除光液を浸したコットンで朱肉シミの部分をトントンと叩いて赤色成分を抜いた後、洗濯機にお任せし、復活させるに至った。
印鑑を使用するシーンも減り朱肉ジミを作ってしまうシチュエーションも減っておりますが、もしも朱肉がお洋服や手に付いてしまった折には、今回のお話をチラリと思い出していただきまして朱肉ジミ落としのヒントとしてご利用いただけましたら幸いです。
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