赤土色をしたレンガに囲まれた花壇の端に、一冊の本がが置いてあった。
側には「落とし物」と書かれた紙の一部が、風で飛ばぬよう本に挟まれていた。
紙が生温い風に煽られてハタハタと音を立てるものだから、信号待ちをする人たちがチラチラとその辺りへ視線を向けていた。
私もその中の一人で、何の本だろうかとタイトルへ目を向けると『変身物語(へんしんものがたり)』とあった。
変身物語、作者名はすっかり記憶から抜け落ちてしまっているのだけれど、ギリシャ神話などに登場する美男美女、神に王に女神様といった人物たちが、植物や星座、動物や神様などに変身する話がたっぷりと収められている本である。
古い時代からある本なので、古典だと思うと近寄りがたいと感じる方もいらっしゃるかもしれないのだけれど、何のことは無い。
幸せのレシピ集内で、時折、女神や美少年が花や星座に姿を変えられた話に触れることがあるけれど、簡単に言うならば、あの手の話が詰め込まれている本である。
確か私も一冊所持しているはずなのだけれど、随分と長い間、中身をのぞいておらず、あらすじを言える話は数えるほどしかないのだけれど、ふわり思い浮かんだのは、眠りを司る神様の息子たちが登場する話があったことである。
その息子の名はモルペウスと言って、彼は人の夢の中を渡り歩き、神様からのメッセージを必要な人に届けることができるという。
モルペウスは本来、大きな翼を持った姿をしているのだけれど、人間に変身することが得意らしく、私たちの夢の中に現れるときには人の姿をしているそうだ。
そして、モルペウスには兄弟がいるのだけれど、彼は悪魔のような姿で人の夢の中に現れ悪夢を見せるという。
だから、良い夢や何かしらのヒントになるような夢を見た時にはモルペウスが、嫌な夢を見た時にはモルペウスの兄弟が夢の中に現れたのかもしれない、と想像すると夢を見ることも数割増しで楽しくなるように思う。
そして、このモルペウスという名は、様々な分野で語源とされていて面白いのである。
例えば、古くから睡眠薬や鎮痛剤として使われており、今も強力な鎮痛剤として知られているモルヒネという名の薬品があるけれど、このモルヒネという薬品名はモルペウスが語源だという話がある。
強烈な痛みを、まるで夢の中の出来事であったかのように消せるそうだから、夢の中を自由に行きする夢の神である彼の名が語源になったのだろう。
他にも、『マトリックス』というSF映画にモーフィアスという名の登場人物がいる。
彼の名もモルペウスを元にしていると言えば、ストーリーを覚えていらっしゃる方は「なるほどね!」と彼の名も拘って名付けられていたことが分かるのではないだろうか。
この暑さでは、読書の秋に浸ることができるのはもう少し先になりそうですけれど、『変身物語』の中には面白い登場人物や話が収められています。
ご興味ありましたら『変身物語』の世界をパラパラとのぞいてみてはいかがでしょうか。
興味がないわけではないけれど、手にとって読むまでの気持ちが湧かないと言う方は、幸せのレシピ集内でも時折、柊希の個人的な呟きを混ぜつつではありますが、様々な視点からギリシャ神話に触れることもありますので、読書気分でそちらにお付き合いいただければと思います。
今宵の夢にメッセンジャーとして現れるのはモルペウスか、その兄弟か。
できることなら、ハッピーな夢をモルペウスにリクエストしたいものである。
寝ているときに見る「夢」に関する何かしらに触れる機会がありました折には、今回の話題をちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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