8月も終わろうとしている頃、外からドーン、ドーンと鈍い音が聞こえた気がした。
もしやと、慌ててベランダへ出てみると遠くの空に大きな花火が咲いていた。
テレビやインターネット越しではなく、肉眼で確認できるそれに分かりやすく心が躍った。
シンプルな定番花火から凝った仕掛けが施された花火まで、時間にして1、2分ほどだっただろうか。
短い時間ではあったけれど、漆黒の空に次々に咲く様子を前に、やっと夏が来たと思った。
今年は全国各地で、行われる予定だった花火大会がことごとく中止となり、夏の楽しみのひとつが来年の楽しみとして繰り越しとなった。
そのような状況もあり、この夜、予告なく打ち上げられた花火は、どこが主催したものなのか分からないままだけれど、主催者と花火職人の方々からの素敵なサプライズギフトだった。
花火と言えば、今年は家庭用の花火の売り上げが好調だと幾度か見聞きした。
花火大会が無くなってしまった分、自宅で楽しむ回数や楽しむ方が増えたのだろうと思ったのだけれど、実際は家庭用花火のほとんどを中国から輸入しているからだという話で、
中国で花火を作るための基準が厳しくなったり、労働条件の見直しなどが影響したことで家庭用花火の価格が上がったのだという。
その点に関しては、安全な環境下で安全な花火を作っていただきたいので、多少の値上がりは致し方ないと思うのだけれど、私が驚いたのはこの話ではない。
子どもの夏休みと言えば、花火大会などで見る打ち上げ花火や自分たちで楽しむ家庭用花火も楽しみのひとつに挙げられると思い込んでいたワタクシ。
しかし現状は、年々、自宅で花火をしたことがないという子どもが増えているという話があるというのだ。
その理由は様々で、子どもの頃に花火で遊んだ経験が少ない世代が親になり花火がそれほど身近ではないだとか、花火よりもゲームという新しい形も選択肢に挙がるようになったこと。
他にも、都会暮らしの子どもたちは花火そのものを楽しむことができる場所が限られているため、気軽な楽しみとはならず、家庭用花火から遠退いてしまっているといった状況もあるそうだ。
家庭用花火に「煙少なめ」という謳い文句が記されているものを目にする機会が増えているように感じたことがあったけれど、花火の在り方や楽しみ方も少しずつ変化しているということなのだろう。
確かに、煙モクモクの中での花火は一長一短でもある。
それでも、そのどちらも含めて夏の風物詩だと感じている私の目には、全てが完璧すぎる世の中は少し窮屈に映ったりもして。
既にいい大人なのだけれど、来年は久しぶりに家庭用花火を楽しんでみようかしらと思った夜である。
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