酔芙蓉(すいふよう)という名の花を知ったのは4、5年ほど前だったように思う。
確か、ミステリー小説の中に登場した花だった。
妖艶で上品でとても不思議な酔芙蓉(すいふよう)の姿がリアルに描写してあったため、
実在する植物なのだろうか、とネットや花図鑑を覗いた。
芙蓉(ふよう)とは、もともと中国で蓮の花を指す言葉なのだそう。
そして、中国では、木に咲く蓮のことを木芙蓉(もくふよう)、
水の中で育ち、咲く蓮のことは水芙蓉(すいふよう)と呼び分けていることを知った。
私たちには蓮の花を、このように呼び分ける習慣はないため、
芙蓉(ふよう)と呼ぶものは木芙蓉(ふよう)に分類される植物を指し、
古くは、平安の頃より人々に愛されてきたという。
今回のお話の主役である酔芙蓉(すいふよう)は、
晩夏から秋、10月頃までが見頃で、早朝に開花し夜には萎んでしまう1日花。
まずは早朝、ふんわりとした花びらが幾重にも重なった清楚な純白の花が咲き、
この花びらが、時間の経過と共に淡い紅色に変わり、
更には濃い紅色になり、萎んでいく。
この、色が移り行く様が、お酒に酔って頬を赤く染めていくように見えたことから、
酔芙蓉(すいふよう)と名づけられたのだとか。
淑やかな印象の酔芙蓉の花は、古より美しい女性にも例えられ、
楊貴妃がお酒に酔った姿だと言われることもある。
花言葉も「淑やかな恋人」、「繊細の美」とあり、
平安の頃より愛されてきたことにも頷くことができた。
また、時間が経つにつれて花色が変化していく花の特徴から
「心変わり」という花言葉もあるのだけれど、
この、一筋縄ではいかぬ辺りも、美しい女性を想像させるようにも思うのだ。
私がこの酔芙蓉(すいふよう)という花を知ったとき、
季節は真冬だったため、実物を見ることができないことをもどかしく感じながら、
いつの間にか酔芙蓉(すいふよう)の存在を忘れたまま、数年が経過していた。
それが先日、偶然にも酔芙蓉(すいふよう)を目にしたのだ。
朝、何気なく目にした純白の花の美しさに一瞬ではあったけれどハッとさせられた。
夕方、同じ場所を通った際に、
今朝、目にした純白の花がきれいだったことを思い出し、
その辺りに視線を向けると、その花は濃い紅色に変化しており、
近くには、少し紫がかった姿で萎んでいる花があった。
その花の姿が、脳内の記憶ボックスのどこかに入れておいた酔芙蓉(すいふよう)の記憶を
一斉に引っ張り出した。
酔芙蓉(すいふよう)が紅色に色付いていくのは、
紫外線によるダメージを和らげようと、
ブルーベリーなどの成分でもお馴染みのアントシアニンという色素を出し、
活性酸素を消し去ろうとしているという。
何らかの影響で太陽が当たっていない部分は色付かずに純白のまま、
曇り空で太陽の光を十分に浴びることができなかった日や雨の日は、
思うように酔うことができず花は純白のままなのだ。
そのような話を思い出し、太陽が当たらなかった花はあるかしら。
ざっと辺りを見回すと紅色の部分と純白の部分が半々の酔芙蓉(すいふよう)を見つけた。
これはこれで、神秘的な美しさだと、見惚れた。
数年かけて、ようやく、会ってみたかった存在に会うことができた。
大人になってからの「はじめて」の経験は、
自分から求めていかないと向こうからはやってきてくれないこともある。
そして、どんなに小さな種だったとしても撒いておいた種は、いつかは叶う。
そのようなことを感じた私の最近の「はじめて」のひとつは、こうして訪れた。
太陽の光に時間をかけて酔っていく酔芙蓉(すいふよう)、10月頃までが見頃です。
機会がありましたら、目と心の保養にいかがでしょうか。