日が少しずつ長くなり、見慣れた風景の中にも色が増え始め、
空の青にも陽射しにも、ほのかに春の香りが混ざるようになってきた。
通りかかった花屋には、ガラス越しからも確認できるくらい色鮮やかなバラが並んでいた。
そう言えば、随分と前に足を運んだ温泉宿の湯船一面に、
摘みたての、香り豊かなバラが敷き詰めるようにして浮かべられていたことがあった。
そのお宿は、バラの栽培にも力を入れているとかで、
花びらではなくバラの花が、その姿を残したまま浮かべられていて、とても贅沢な時間を味わった。
どこから足先を沈めよう……。そのような躊躇いを生んだ、
足を沈められないくらい湯船一面に敷き詰められた贅沢なバラ風呂は、
後にも先にもあれっきりだ。
バラの贅沢と言えば、一度だけ作ったことがあるバラのコーディアル。
簡単に言えばバラのシロップで、お水や炭酸、お酒などで割って飲むのだ。
知人宅には素敵なバラが次から次へと咲いていたのだけれど、
その年は特に花が多かったそうで、
見ているだけでは勿体ないからローズコーディアルを作るけれど一緒にどう?とお声掛けいただいたのだ。
何となくバラのコーディアルは買うものだと思っていた私にとって、全てが興味深い体験となった。
手渡された剪定ばさみとボウルを手に庭へ出て、
虫がついていないか確認しながら新鮮なバラの花を切り落としていく。
赤みを帯びた色鮮やかなコーディアルにするためには赤いバラが要ること、
無農薬で丁寧に育てているオーガニックローズだからコーディアルを作ることができること、
そのようなことを教えてもらいながらボウルいっぱいのバラを用意した。
次に、花びらを一枚ずつ丁寧にガクから外し、花びらの根元をハサミでカットする。
根元を取り除かずに使ってしまうと苦味と渋みが出てしまうらしく、「丁寧に」という指示が出た。
バラの花びらと水、レモン果汁をお鍋に入れ、花びらがくったりとするまで弱火で煮詰めていく。
花びらを漉し器で取り除き、ハチミツや砂糖などの甘味を加えて軽く沸騰させ、
消毒済の容器に入れて1日ほど寝かせればローズコーディアルの出来上がりだ。
直ぐに飲むこともできるけれど、1日寝かせることで香りや甘味がより落ち着くのだと言われ
その日は味見程度にとどめておき、翌日、ゆっくりと味わった。
オーガニックローズをコーディアル作りのために大量に入手することは難しいため、
あの日以降、自分で作ったことはないのだけれど、
市販のローズコーディアルを口にすると時々、あの日、はじめて作ったローズコーディアルの、
インカローズのように上品で瑞々しい赤色を思い出すことがある。
私にとって、バラ風呂もローズコーディアル作りも贅沢なバラの想い出だけれども、
不思議と、「もう一度」とは思わないのだ。
今の私は、リビングでその美しさを愛でながら一杯の紅茶をゆっくりと味わいたい。
そのような気持ちの方が強いようだ。
次の休みには、ふらりバラの花を買いに行こう。
久しぶりに、インカローズのように赤いバラを。