ビルのロビーに置かれているソファーに座り、鞄の中身を確認をしていたときのこと。
大勢の子どもたちが、引率の先生に連れられてビルの中へと入ってきた。
先生は、ロビーでお行儀よく整列する子どもたちに向かって注意事項を告げた後、
これから、彼らが取り組むミッションを発表した。
それは、ビル内の一角に設けられている図書施設で、ヒトの体のフシギの謎を解き、後で発表し合うというものだった。
先生の、自然と耳に入ってくる、よく通る声のおかげで状況を理解できた私は、学校にある図書室や図書館などでも事足りるのでは?と思っていたのだけれど、
先生の口ぶりからは、「様々な人たちが利用する図書施設内でのマナーを、実体験を通して学ぶ」というサブ課題がチラリと見えていたように思う。
全てが発展途上中である子どもを預かるというのは、本当に大変なことで責任重大だと、少し離れたソファーから思った。
その間も、子どもたちは、ひとりひとり自分が調べる「ヒトの体で、フシギだと思う所」を発表していたのだけれど、
ある女の子が、ヒトの胃はどうして溶けて無くならないのか?という不思議を掲げていた。
食べ物は胃の中で無くなるのに、胃は溶けずに残ることが不思議だから、それを調べるのだと。
私も子どもの頃に同じことを思ったことがある。
小説だったか、漫画だったのか、アニメだったのかは忘れてしまったけれど、
冒険中にクジラに飲み込まれ、胃酸の海に触れたものが溶かされていく様子を前に、
作品内の登場人物たち一緒にドキドキしたことが。
そして、その女の子と同じことを、ふと思ったのだ。
胃液(胃酸)は、口から入った細菌を殺菌し、タンパク質をあっという間に分解してしまうくらい酸性度が高い液体だ。
それを胃の中で1日に1.5リットルほど分泌しているというのだから、
私たちの胃が、どうして消化されたり溶けたりしないのか疑問を抱いても不思議ではない。
ただ、それだけのものが体内で分泌されても胃液(胃酸)と胃は共存できているのだから、
胃壁(胃粘膜)は薄くても、胃液(胃酸)の強さに勝るだけの構造をしているのだろうと想像がつき、
胃薬などのCMなどから漏れ聞こえてくる内容などが勝手に整理され、
胃壁(胃粘膜)を覆っている胃粘液のおかげで私たちの胃は消化され、溶かされることなく、動いているのだと察することができている。
大人は近道を知りすぎている。
ひたすらゴールを真正面から目指すだけでなく、ゴールから現在地を見て、ゴールに辿り着くまでの工程を逆算できてしまうのだ。
更に、この胃粘膜を覆っている胃粘液の分泌機能が低下してくると、
大人によく聞く胃潰瘍のきっかけになるし、
胃液(胃酸)が食道へ逆流して食道を刺激しすることが度々起こると、逆流性食道炎となる。という現実的なことまで付いてくる。
そうなってくると、冒険中にクジラに飲み込まれ、胃酸の海に触れたものが溶かされていく様子を前に、ドキドキしたくても、しきれない物悲しさがある。
ドキドキの先にある「なぜだろう?」「どうしてだろう?」は、人をときワクワクさせ、大人に導くのだろう。
ノートとペンを握りしめた子どもたちが、図書施設フロアへと移動し始めた。
それは、各々の謎を胸に、小さな冒険へと出発したようにも見えた。
何気ない子どもたちの日常を垣間見ただけなのだけれど、
ゴールを真正面から目指すあの真っすぐな眼差しが、やけに眩しく目に焼き付いたある日。
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