グツグツとお湯が沸騰している鍋を覗き込み、ぱらぱらぱらりと素麺を投入した。
素麺は寝かせると美味しさが増すと言われているけれど、寝かせるのも根気がいる作業である。
いつだったか、友人が、生まれて初めて6年ものの素麺を食べたという話をしてくれた。
友人はその時、これまで自分が食べてきた素麺は何だったのだろうか、
というくらいの衝撃を受け、絶品すぎて眩暈がしたと言ったのだ。
素麺には2種類ある。
小麦粉と塩と水を使って製麺機で作られる素麺と、
小麦粉と塩と水、そして油を使って、全て手作業で作られる手延べ素麺だ。
寝かせることで美味しくなる素麺は、後者の手延べ素麺である。
手延べ素麺は、全ての工程を手作業で、時間をかけて作るため、
作業中に生地や麺が乾燥してしまわないように、生地に油を塗りながら、麺を細く引き伸ばしていく。
そして、細く均一に引き延ばされた麺は、丁寧に乾かされ、しっかりと熟成させられるのだ。
昔から、この手延べ素麺は、寝かせて古くなったものの方が美味しいと言われている。
その理由は、時間の経過とともに余分な水分が蒸発することと、
通常の材料に加えられている油が時間の経過とともに小麦粉に馴染んでいくのだけれど、
油が酸化するときに出す熱が、小麦粉のタンパク質を更に熟成させること。
この変化が、素麺を美味しくするのだそう。
梅雨の時季を無事に越えたものは「新物」と、2年目以降のものは「古物(ひねもの)」と呼ばれ、月日を経た古い素麺ほど貴重かつ、高級品とされている。
この素麺、2年~3年目あたりのものは白色をしているけれど、5年目あたりの素麺からは、麺があめ色に変色していくという。
一見、ダメになっているのではないだろうかと心配してしまうような色の変化だけれど、
このような状態の素麺は、コシと甘味が格段に増しているという。
メーカーの品質管理によって作られた古物(ひねもの)と比べるのは野暮だけれど、
湿気と匂い移りに注意すれば自宅でも古物(ひねもの)を味わうことができると聞き、
それならばと、木箱入りの手延べ素麺を過去に何度か寝かせてみたのだけれど、私は1年が限界であった。
忘れ去ってしまう前に、品質を損なう前に、美味しく食べておかなくてはという気分になり、封を開けてしまうのだ。
待て!と言われているのに待ちきれない自分に歯痒さも感じるのだけれど、
いつかは、6年ものくらいの古物(ひねもの)を、昆布と鰹に煮干しを利かせたお出汁で、つるつるっといただいてみたいものである。
ご興味ありましたら、新物と古物(ひねもの)を食べ比べてみてはいかがでしょうか。
人も食も、フレッシュなものにはフレッシュの良さが、熟成したものには熟成の良さがあるようでございます。
関連記事:
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/