クーラーで冷えきって凍ってしまいそうな体を程よく解凍させたくてベランダへ出た。
遅い時間だったけれど、昼間同様の暑さに眩暈を起こしそうになった。
体の冷たさは一瞬で消え、すぐに室内の冷気が恋しくなる中で聞こえてくるのは、往来する自動車の走行音と、それを掻き消す勢いの室外機のファンが回る音。
思わず、人よりも先に室外機の中で回るファンがバテてしまわなければいいのだけれどと思いつつ、我が家のファンへ視線を送った。
その日の南空は雲ひとつなく澄んだ漆黒の空をしていた。
やや圧迫感を感じるような気がするのは、やはり暑さのせいだろう。
たくさんの星が光っているはずの南空を見渡してみたけれど、周りの明るさとお世辞にも空気がきれいな空だとは言い難いそこに見えた星の数は非常に少なく、私が知っている星はアンタレスくらいだった。
アンタレスという星は、南の空にS字を描くように星が並んでいる「さそり座」を作っている星のひとつで、さそり座を探す際の目印にされるほどキラッと輝いている星で肉眼でも確認することができる星である。
先人たちの中には「さそり座」のS字を描いているような星並びが釣り針に見えた人もいたようで、アンタレスのことを魚釣り星と呼ぶこともあったのだとか。
他にも、今頃の時季を表す言葉の中に「旱星(ひでりぼし)」という言葉ある。
これも、さそり座の目印とされているアンタレスのことを指している。
聞くところによると、先人たちは、このアンタレスの輝きをみて、その年の作物の出来が豊作か否かを占ったという。
アンタレスは1等星に分類されている輝きの強い星で、その輝きは赤色をしていると言われているのだけれど、正直なところ、パッと見ただけでは、それが赤いのか否かまでは分からない。
しかし、それでもしばらくの間、空をぼーっと眺めていると、目が少しずつ夜空と星の輝きに慣れ、アンタレスの輝きが赤みを帯びた輝きだということに気付くことができるように思う。
そして肝心なアンタレスの輝きによる五穀豊穣占いだけれども、アンタレスの赤色の輝きが強ければ強いほど、その年の作物は豊作だと読むのだとか。
この、五穀豊穣を伝えるアンタレスの赤色は、アンタレスの異名「酒酔い星」の語源でもある。
星の色で豊作を占うなんて、当たるも八卦当たらぬも八卦という見方もあるけれど、先人たちが生きた時代は人が自然と上手く共存できていた時代である。
空を見上げて生活する中で、人が感じ取ることができない気象状況の変化を空の表情の変化によって知り、それによって豊作か否か判断できたのだろうと思う。
その夜は、このようなことを数珠繋ぎで思い出しながらアンタレスを眺めていたのだけれど、何分そうしていただろうか。
現代の熱帯夜に耐えられるだけの体力と気力を持ち合わせていない私は、室内の冷気が恋しくなり、早々に天体観測を切り上げた。
あのアンタレスの赤色は豊作の赤だったのだろうか。
クーラーの冷気を浴びながらそのようなことを思った日。
旱星、酒酔い星に魚釣り星。
様々な呼び名を持つアンタレスを見つけた際には、今回のお話をちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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