今年は年明け早々から駅周辺のプランターや飲食店などでチューリップを多く目にしたように思う。
春を先取りしすぎなのでは?と思うよりも前に顔がほころび、指先をそれに伸ばしてしまうのは、本能が春を待ち侘びているからなのか、それともチューリップの可愛いフォルムに魅せられたからなのか。
指先に感じたしっとりとした花びらの質感と、わずかに感じた春の香りに本物だ、と思った。
真冬に目にするチューリップに目が慣れたころ、冬のそれは、春に目にするものよりも心なしか茎が太くて長く、とても丈夫そうに見えるものが多いことに気が付いた。
聞くところによると、年末から2月上旬辺りまでに出回るチューリップはウィンターチューリップと呼ばれているという。
やはりそのような品種が登場したのかと思いきや、使われている球根は一般的な品種のもので、通常と異なるのは、その保存方法だった。
ウィンターチューリップの球根は、通常よりも低温に設定された専用冷蔵庫で保存されていたものが使われているという。
この球根を冷蔵庫から出して植えると、冷蔵庫内の温度と外気温の温度差によってチューリップは春がきたと勘違いして発芽し、花を咲かせるそうだ。
ウィンターチューリップのカラクリを知ってしまうと、申し訳ないような気持ちがチューリップに対して生まれもするけれど、冬に咲くチューリップは、冬の夜空に上がる花火のような非日常が感じられていいものだと思う。
ここ数年でウィンターチューリップを楽しむことができる植物園や施設も随分と増えているとのことなので、数年後には、空気が澄んだ冬空のもとで眺めるチューリップやイルミネーションとのコラボレーションを楽しむのも、冬の風物詩のひとつになっているのかもしれない。
チューリップといえば、カラフルな色合いのものを思い浮かべるけれど、黒いチューリップがある。
黒と言っても漆黒ではなく、深紅の絵の具に黒を混ぜたような、濃い紫色を極限まで濃くしたような色をしたチューリップだ。
触れることを躊躇ってしまいそうな、とても大人びたビジュアルをしているのだけれど、黒いチューリップを目にすると、ある小説を思い出す。
小説の作者は、『三銃士』や『巌窟王』で知られる作家、アレクサンドル・デュマで、著書のタイトルは『黒いチューリップ』である。
チューリップ栽培に情熱をかける青年が、莫大な懸賞金がかけられた黒いチューリップの栽培に成功するのだけれど、青年を妬む隣人の陰謀により彼は逮捕されてしまうのだ。
そして牢獄に入れられるのだけれど、牢番をしている娘に三つしかない貴重な黒チューリップの球根を託して花を咲かせようとするのだけれど……。という物語である。
つい、黒いチューリップの行方に注目してしまうのだけれど、歴史上の実在の人物を物語の中に登場させていたり、様々な伏線が張り巡らせていたりして、様々な視点で楽しむことができる、アレクサンドル・デュマらしい読み応えある物語である。
かつてヨーロッパには「チューリップ狂時代」と呼ばれる時代があったそうだけれど、チューリップは可愛いだけでなく、様々な伝説や花言葉を持ち、旧約聖書にも登場する、いつの時代も見る人を魅了する花のようだ。
ウィンターチューリップに加えて、そろそろ早咲きのチューリップを目にする機会も増える頃です。
チューリップを見かけられた折には、春の訪れを感じつつ、本日の何かしらをちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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