まあるい石っころのような焼き物の中にグランドピアノを閉じ込めたようなデザインの帯留めを、保管箱の中から取り出した。
シックな和装のアクセントとして重宝する、遊び心ある一品だったけれど、私の不注意でヒビが入ってしまい、本来の用途では使うことができなくなってしまったものである。
救出の手立てはないかと模索してみたけれど見つけることはできず、形あるものいつかは……ということで感謝の気持ちを込めて和紙で包み手放した。
グランドピアノと言えば、艶やかな漆黒色を纏っているイメージが強いけれど、これは日本の漆(うるし)がキッカケだと言われている。
そろそろ、漆(うるし)の木の樹液の分泌量が増え始める頃でもありますので、今回は、一見、接点がなさそうな漆(うるし)とピアノの出会いのお話でもと思っております。
そのような世界も、少しだけ覗き見してみようかしらと思われた方は、お付き合いいただけましたら幸いです。
私たちがピアノと聞いて思い浮かべるのは、艶やかな黒塗りのピアノが多いかと思うのですが、ピアノ本来の姿は木目調です。
ピアノはヨーロッパで生まれた楽器なので、ヨーロッパ特有の湿度が低くカラッとした気候に合う素材で作られていたため木目調だったと言われています。
ですから、日本に入ってきた当時のピアノも例に漏れず木目調だったといいます。
しかし、日本は湿度が高い国ですので、ピアノを守るためには漆(うるし)でピアノをコーティングして湿気から守った方が良いのではないだろうかと考えられたのだとか。
こうした経緯もあり、日本のピアノは艶やかな黒色の漆(うるし)で塗られるようになったようなのですが、職人技で塗りあげられたピアノの美しさはヨーロッパにも広く伝わり、ヨーロッパでもピアノは木目調のものだけでなく黒塗りのものも使われるようになったといいます。
しかし、ピアノのように繊細な楽器を漆(うるし)で塗装するのは大変な作業です。
漆(うるし)の塗料は、風通しの良い場所に置いておけばすぐに乾くペンキとは異なり、固まるのに適した温度と湿度があるといいます。
この条件を満たした環境で丁寧に乾かし固めては、再び漆(うるし)を塗り重ねるという作業を繰り返さなくてはいけないため、現在の黒いピアノのほとんどは化学塗料を使って漆(うるし)のような艶やかな黒色を再現しているようです。
その漆(うるし)塗料のもとになる漆(うるし)の木の樹液分泌が始まるのがこの時期。
樹液採取は、漆(うるし)の木に傷をつけて、そこから出てくる樹液を採取するようなのだけれど、漆(うるし)の木は樹液を大量に採取すると枯れてしまうため、樹液を採取できるのは1回きりなのだそう。
人間で言えば血液を全部絞り取られるようなイメージだろうか。
だから、樹液を採取した後はすぐに伐採して、わずかに残った生命力によって切株から新しく出た芽を15年ほどかけて大切に育てあげ、再び、その時がきたら樹液を採取して漆(うるし)塗料に加工するようです。
漆(うるし)塗りのものは高価なものが多いけれど、多くの職人の、様々な技術が詰め込まれていることはもちろんのこと、漆(うるし)の木の命を分けてもらっていることも理由であるように思うのです。
手元にあるものを見直す機会が増えた方も多いと耳にするこの頃だけれども、漆(うるし)塗りの何かに触れたり、ピアノに関わる機会がありました折には、今回の何かしらをちらりと思い出していただけましたら幸いです。
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/