キュウリのトゲが指先をチクリと刺激した。
随分と久しぶりのように思える感覚に、手にしているそれを目の高さまで持ち上げて眺めた。
とても野性味溢れる濃い色と鋭いトゲを前に、これは痛いはずだと思った。
ピーラーで皮を剥いて縞模様にするつもりだったけれど、その前にトゲを取り除いた方が良さそうだと、包丁の背でササッとトゲを取り除いた。
削り取られたトゲの根元から広がるのはキュウリの瑞々しい香り。
一年中口にできる野菜だけれど、季節の諸々と相まって「ザ・夏!」と思わせる匂いがした。
今年は、串刺しのキュウリ片手に涼を取りつつ観光地を散策するような光景も、お預けなのかもしれないけれど、自宅で月見酒などと一緒に楽しむのもアリである。
昨年とは異なるであろう夏をどう楽しむか、個々の腕の見せ所であるように思う。
そう言えば、いつだったか、旅先で立ち寄った道の駅の壁に貼ってあった手作り新聞に、キュウリのトゲの話が載っていた。
旅の最中ということもあり、陳列棚に並ぶ美味しそうな朝採れ野菜は眺めるだけになったけれど、野菜の代わりに持ち帰ったキュウリの話である。
その手作り新聞の見出しは、『キュウリのトゲが消えたワケ』というものだったように思う。
読み進めたところ、キュウリにあるトゲには、キュウリの身を守る役目があると書かれていた。
しかし、このトゲの部分は菌が繁殖しやすい構造をしているため、キュウリをお惣菜やサンドウィッチなどに使う際に、衛生問題の原因になるというのだ。
トゲを取り除いてから洗えば済むことではあるのだけれど、一般家庭とは異なる、大量のキュウリを取り合っているような場所では、手間暇の観点から扱いにくいという声があがっていたそうで、品種改良が重ねられるようになったのだとか。
そして、一般家庭で口にされるキュウリもトゲが無いに等しい品種のキュウリに、いつの間にか変わっているようなのである。
そう言われて自宅キッチンを振り返ってみると、キュウリのトゲを取るということに意識を向けることも随分と減っているように思う。
その証拠に、この日私が調理していたキュウリは、オーガニックの朝採れ野菜との謳い文句に誘われて購入したものだったのだけれど、キュウリのトゲに対して、少し成長しすぎたキュウリだろうかと思ったくらいである。
きっと、今となっては貴重な、昔ながらの品種のキュウリだっただけなのだろうに。
最近では簡単にはお目にかかれなくなっているトゲ持ちキュウリに出会ったなら、今回のお話をチラリと思い出していただきつつ、昔ながらのキュウリをご堪能あれ。
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