幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

自分を信じて途中で止めてみる、という策もある。

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あ……続きが……。

出かけるまでの間だけと、ながら見をしていた番組がCMに入った。

人気がある番組なのか時間帯がそうさせるのか、スポンサーが多いのだろう。

CMが多い印象を受けた。

そのこと自体には何ら問題はないのだけれど、答えに辿り着けぬまま家を出なくてはいけないという状況は、私にとって少し歯痒いものであった。

リビング内を無駄に右往左往しながら待ってみたけれど、タイムアップである。

テレビを消し、鞄を持ち、マスクを付けながら玄関へと向かった。

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肝心な部分を見せずに、盛り上がりの一歩手前辺りで「待って!」と言われているかのようなこの状況、よく使われる手法である。

手法というべきか効果というべきか、これには呼び名があったと記憶している。

呼び名はすっかり忘れてしまったけれど、とある学者がチーム分けした2つの集団を使って実験を行ったという。

その実験というのは、双方のチームに問題を出して答えを導き出してもらうのだけれど、片方のチームは問題を最後まで解いてもらい、もう片方のチームは問題を解き終わる前に切り上げさせて、他の作業をするよう指示を出すというものある。

例えば、Aチームには10問全てを一気に解いてもらい、Bチームには9問解いて1問残した状態で、他の作業をしてもらうというような状況だ。

途中で投げ出してしまうような後者のパターンでは、頭には何も残らないような印象があるけれど、実際のところは、問題を一気に解いたチームは、問題を解きはしたものの内容に関してはうろ覚えで、中断させられてたチームは問題の内容まで覚えていたという。

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人は成し遂げることができなかったことや、中断しているものごとに対して、夢中になったり集中力を発揮したり、強く記憶に残る傾向にあるという。

更に、そのものごとのゴールが近ければ近いほど、その傾向は強くなるのだとか。

だから、試験勉強などをするときには区切りが良いところまでやり切って次へ移るよりも、その一歩手前で敢えて手を止めて次に移るようなスケジュールを組むと、記憶に定着しやすい傾向にあるという。

このような、人が持っている癖みたいなものは使い所と使い方ひとつである。

例えば、その日のうちに終わらせようと思っていたミッションが3つあるけれど、何だか調子が上がらず最後の一つに苦戦していたとする。

そのまま無理して3つ完了させることもできるけれど、敢えて途中で止めるという選択肢もある。

中途半端に止めてしまったら、生産性が落ちてしまうとか、サボっているみたいで嫌だとか、怠けているみたいだと感じてしまう人もいるとは思うけれど、そのように思うときほど、途中で止めてみるのだ。

すると、疲れからの回復が早く、疲れにくくもなる上に、中断したことに対して発揮される「続きが気になる」「完了させたい」という気持ちが集中力に繋がり、結果、思うよりもすんなりとミッションをクリアできるように思う。

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調子が上がらず落ち着かないときは、明日は今日の分まで頑張れる自分を信じて、潔く途中で止める。

そのような方法を試すのもありだ。

時には、「いやいやいや、もうちょっと頑張ろうよ、自分!」と思うこともあるけれど、踏ん張りどころを見極めて臨機応変に、である。

そろそろ、夏の疲れが出はじめる頃かと。

このようなときほど、自分を上手に扱ってハッピーに過ごしてまいりましょ。

本日も良き日となりますように☆彡

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素麺にも厄!?

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平安の頃から食べられていた素麺、今年はまだ片手で足りるほどの回数しか口にしていない。

素麺は、天の川や織姫の織り糸に見立てて食べられていたという話や、無病息災を祈って食べていたという話などが残っており、古くから親しまれているもののひとつである。

一度、英国で日本の素麺をシンプルなジャパニーズスタイルで振る舞ったことがあるけれど、妙な静けさが広がった後に「美味しい」と返ってきたことを思い出した。

しかし、美味しいと言うわりに箸が進まぬ友人たちの様子をみて、素麺は色々な食べ方があると場を繋ぎ、確か、中華風の味付けを施した素麺焼きそばと、冷製パスタのカッペリーニソースを素麺に合わせたものを出し直したのだ。

すると、味が分かりやすかったのだろう。

「こうして食べた方が美味しい」というお言葉を頂戴した。

もう、和食なんだか中華なんだか、イタリアンなんだか訳が分からぬグローバルなメニューが並んだけれど、あれはあれで異国を楽しむ会だったように思う。

そのような懐かしい出来事を思い出しつつ、この日は素麺をいただくべく、キッチンに立った。

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ぐつぐつと水面が暴れ始めた鍋を覗き込み、この暑さから逃れたくて食べる回数が減っているような気がした。

以前、手延べ素麺には新物、古物(ひねもの)と呼ばれるものがあるという話題に触れたことがある。

完成した後、梅雨の時季を無事に越えたものは「新物」、2年目以降のものは「古物(ひねもの)」と呼ばれ、月日を経た古い素麺ほど貴重かつ、高級品とされるのだ。

古物(ひねもの)と一口に言っても様々で、2年~3年目あたりのものは白色を保っているけれど、5年目辺りに差し掛かると、麺があめ色に変色していくという。

もちろん、適切な保存方法で寝かせたものに限るのだけれど、寝かせている間に素麺がゆっくりと熟成発酵し、コシや食感、喉越し、切れ味、麺が持つ甘味などが増すそうだ。

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数日前だっただろうか。

この熟成発酵期間のことや熟成期間中に起きる麺の変化のことを「厄(やく)」と呼ぶのだと知った。

きっかけは、偶然見かけた素麺パッケージに「この素麺は厄を終えています」とあったことだ。

思わず、素麺にも人の様に厄年があるのか!?と思い、その短い一文が脳裏に焼き付いたのだけれど、シンプルなものほど奥が深いように思う。

ここ数年、素麺の茹で時間を記載時間よりも長くすることで、食感や美味しさが増すなどと言われているけれど、手軽に食べられる素麺のポテンシャルは、私たちが思う以上に高いのかもしれない。

さて、本日の素麺は和、洋、中、どのお味でいただこうかしら。

茹で時間は素麺のコシと艶が増す、記載時間の倍の4分スタイルである。

素麺も人と同じで、厄年を終えると何となくココロ晴れやかな気持ちになるのだろうか。

そのようなことに思いを馳せながらいただく夏の味である。

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鹿威しと造園中の庭。

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久しぶりに、近場にある公園内を縦断した。

そこには、池をメインに造られた日本庭園風のゾーンがある。

池には大人が5、6歩ほどで渡り切ってしまえるほどの短い橋がかけられており、池に近づくと羽を休めているカモや野鳥、小さな岩場で甲羅干しをしている亀などの姿を見ることもできる。

池の周りには、池を眺め下ろすことができる小高い丘や、水道水ではあるのだろうけれど、程よい水量で流れ落ちる滝、休憩所となる東屋まであり、観光地のような派手さはないものの、遊び心が詰め込まれた凝った庭である。

その日も厳しい日差しが降り注ぐ夏日だったので、公園内の日陰を縫うようにして移動しており、このゾーンを通る流れとなった。

滝を流れ落ちる水音は、それだけで体感温度を下げてくれるものだと思いながら通り過ぎようとしたときに、カポーンと脳天を突き抜けるような音が耳に届いたのである。

知っている、この音。

そう思い、音がした方へ視線を向けると、干上がっていたはずの石製の手水鉢のようなものにたっぷりと水が注がれており竹で作られた鹿威(ししおどし)が設置してあったのだ。

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鹿威し(ししおどし)。よく、お寺や日本庭園などで目にするあれだ。

竹筒の中に水を引き入れて、水が竹筒にたっぷり溜まると水の重みで竹筒が傾き、今度は中の水がこぼれるというシンプルなものだけれど、水の重さが変わるときの反動を使って竹で石を打ち、あのカポーンという音を出すのである。

現代の騒音と呼ばれるような類の音が無かった時代は、この鹿威し(ししおどし)の音で田畑を荒らす鹿やイノシシ、その他の鳥獣たちを驚かせて追い払っていたという。

しかし、そうして鳥獣たちを追い払えるのもしばしの間だけ。

鳥獣たちも、この音は自分たちに害を与えるものではないと学習し、すぐにこの音に慣れてしまったという。

それでも、この鹿威し(ししおどし)が無くならずに現代にまで存在しいている理由は、竹が石を打つときのカポーンという音に先人たちが癒され、風流だと感じるようになり、鳥獣を追い払う目的ではなく自分たちの癒しのために庭に設置するようになったからなのだとか。

一定のリズムで刻まれるカポーンという音と水音のハーモニーは、多くの現代人にとっても、一服の清涼剤のようなものであるように思う。

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その日は、随分と久しぶりに耳にした鹿威し(ししおどし)のカポーンに癒されたわけだけれど、随分と真新しい竹だったことを思い返し、日本庭園ゾーンはこれからも進化するのかもしれないとニヤリとしてしまった。

どなたが手掛けているのかは存じ上げないけれど、密かに造園過程を見守らせていただこうと思った夕刻である。

鹿威し(ししおどし)のカポーン、なかなか耳にする機会はありませんけれど、癒し効果があるように思いますので、鳥獣払いから始まったことなどを思い出しつつご堪能あれ。

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夢の中を行き来する彼らのこと。

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赤土色をしたレンガに囲まれた花壇の端に、一冊の本がが置いてあった。

側には「落とし物」と書かれた紙の一部が、風で飛ばぬよう本に挟まれていた。

紙が生温い風に煽られてハタハタと音を立てるものだから、信号待ちをする人たちがチラチラとその辺りへ視線を向けていた。

私もその中の一人で、何の本だろうかとタイトルへ目を向けると『変身物語(へんしんものがたり)』とあった。

変身物語、作者名はすっかり記憶から抜け落ちてしまっているのだけれど、ギリシャ神話などに登場する美男美女、神に王に女神様といった人物たちが、植物や星座、動物や神様などに変身する話がたっぷりと収められている本である。

古い時代からある本なので、古典だと思うと近寄りがたいと感じる方もいらっしゃるかもしれないのだけれど、何のことは無い。

幸せのレシピ集内で、時折、女神や美少年が花や星座に姿を変えられた話に触れることがあるけれど、簡単に言うならば、あの手の話が詰め込まれている本である。

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確か私も一冊所持しているはずなのだけれど、随分と長い間、中身をのぞいておらず、あらすじを言える話は数えるほどしかないのだけれど、ふわり思い浮かんだのは、眠りを司る神様の息子たちが登場する話があったことである。

その息子の名はモルペウスと言って、彼は人の夢の中を渡り歩き、神様からのメッセージを必要な人に届けることができるという。

モルペウスは本来、大きな翼を持った姿をしているのだけれど、人間に変身することが得意らしく、私たちの夢の中に現れるときには人の姿をしているそうだ。

そして、モルペウスには兄弟がいるのだけれど、彼は悪魔のような姿で人の夢の中に現れ悪夢を見せるという。

だから、良い夢や何かしらのヒントになるような夢を見た時にはモルペウスが、嫌な夢を見た時にはモルペウスの兄弟が夢の中に現れたのかもしれない、と想像すると夢を見ることも数割増しで楽しくなるように思う。

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そして、このモルペウスという名は、様々な分野で語源とされていて面白いのである。

例えば、古くから睡眠薬や鎮痛剤として使われており、今も強力な鎮痛剤として知られているモルヒネという名の薬品があるけれど、このモルヒネという薬品名はモルペウスが語源だという話がある。

強烈な痛みを、まるで夢の中の出来事であったかのように消せるそうだから、夢の中を自由に行きする夢の神である彼の名が語源になったのだろう。

他にも、『マトリックス』というSF映画にモーフィアスという名の登場人物がいる。

彼の名もモルペウスを元にしていると言えば、ストーリーを覚えていらっしゃる方は「なるほどね!」と彼の名も拘って名付けられていたことが分かるのではないだろうか。

この暑さでは、読書の秋に浸ることができるのはもう少し先になりそうですけれど、『変身物語』の中には面白い登場人物や話が収められています。

ご興味ありましたら『変身物語』の世界をパラパラとのぞいてみてはいかがでしょうか。

興味がないわけではないけれど、手にとって読むまでの気持ちが湧かないと言う方は、幸せのレシピ集内でも時折、柊希の個人的な呟きを混ぜつつではありますが、様々な視点からギリシャ神話に触れることもありますので、読書気分でそちらにお付き合いいただければと思います。

今宵の夢にメッセンジャーとして現れるのはモルペウスか、その兄弟か。

できることなら、ハッピーな夢をモルペウスにリクエストしたいものである。

寝ているときに見る「夢」に関する何かしらに触れる機会がありました折には、今回の話題をちらりと思い出していただけましたら幸いです。

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巡り巡って私たちのもとに。

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大切に味わっていたトチのハチミツが底をついた。

トチとは、栃の木のトチのことで、このハチミツはクセが少なくサッパリとした味わいで気に入っている。

ミツバチ一匹が一生涯をかけて集められる蜜の量はわずかティースプーン一杯程度だというから、私はどれほどの数のミツバチの一生をいただいたのだろうかと、空っぽになったカラス瓶を見て思った。

ハチミツと言えば、先日、ニュージーランド産のハチミツ「マヌカハニー」から、発がん性が疑われる成分が検出されたというニュースがあった。

マヌカハニーは、メディカルハニーとも呼ばれているハチミツで、いざという時にはケガや病気にも役立つハチミツである。

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幸せのレシピ集内でも、幾度か登場しているハチミツなのだけれど、少しおさらいを。

このマヌカハニーは、一般的なハチミツと同様に抗菌作用が高く、酵素がたっぷり入っていることに加えて、医薬品として病気や怪我の治療にも使われる「MGO(メチルグリオキサール)」という成分が含まれていることが特徴だ。

このMGO(メチルグリオキサール)という抗菌成分が持つ抗菌作用の強さは、「UMF」や「MGO」などの文字と数字で記載されている。

例えば、マヌカハニーの容器に「UMF10+」と記載されていたら、10%のフェノール希釈液と同等以上の抗菌作用をもっているという意味。

フェノール希釈液というのは病院で殺菌消毒に使われる消毒液のことで、病院では2%のフェノール希釈液を使われているようなので、「UMF10+」という数値が、いかに抗菌作用が高い数値なのか分かるかと。

しかも、この成分は光や熱に強く、ピロリ菌に対しても有効。

他にも、キズ口や火傷などにも効果があり、口内炎、風邪、喉の痛み、扁桃腺炎、火傷、花粉症、アトピー、抗がん作用、ぜんそくや歯周病や虫歯予防もでき、歯磨きにも使うことができるので、ひと瓶あると重宝するハチミツだ。

希少価値が高いハチミツなので、一般的なハチミツと比較すると高価なハチミツではあるけれど、栄養価が高いだけではなく、とても万能な食品で健康面、防災視点から見ても心強いものなので、健康のために、いざというときのためにと手に取る方が多いハチミツである。

かくいう私も、普段は一般的なハチミツを使っているのだけれど、ここぞというときの効き目に惚れ込み、緊急時用のメディカルハニーとして常備している。

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おさらいが長くなってしまったけれど、そのマヌカハニー。

今年に入り、コロナウイルス対策として、このマヌカハニーで体の内側から抗菌してしまおうと手に取る方が世界中で増えているという。

また、人々の意識が、出来るだけ体に良いものや自然のものを口にしようという方向へ向くようになっているそうで、マヌカハニーの輸出額も大幅に増えているようだ。

マヌカハニーは、ニュージーランドに自生するマヌカという花の蜜が原料となる。

そのマヌカハニーから、発がん性が疑われるグリホサートの成分が検出されたことがわかったそうだ。

グリホサートは、除草剤に使われている成分で、各国が使用禁止する方向で動いているものだ。

今回、検査対象となったのはマヌカハニーと、マヌカハニーが含まれているブレンド品で、その中の一部からグリホサートが検出されたのだそう。

幸いにもと言う表現が適切なのか判断し難いけれど、現時点では残留基準を超えたものはなかったという。

ハチミツにグリホサートが含まれていた原因は、ハチの巣箱を置いた近隣の農場や牧場で使われた除草剤がかかってしまった花の蜜をミツバチが集めてしまったからだろうということである。

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ミツバチが悪いわけではない。

人間がしたことは、こうして巡り巡って人間のもとへ返ってくるのである。

そして、今回話題に上がったものがハチミツだったというだけで、似たようなことは私たちのすぐそばで起きているように思う。

きっと農薬にしても農薬の残留量にしても、そのほとんどの食材は、農場や牧場の方々のおかげで基準値を超えておらず、私たちが安心して口にできるものだろう。

ただ、私たちは基準値を超えてはいないけれどゼロではないものを、あれやこれや、時に間接的に少しずつ摂取しているように思う。

キレイな、見栄えの良いピカピカのお野菜は、確かに美味しそうで気持ちもよくて良いのだけれど、これからは、これまでとは少し異なる視点も交えつつ丁寧に選ぶことが、様々な健やかさに繋がるようだ。

小さな虫たちが安全に食べられると知らせてくれているうちは、まだ大丈夫。

知らせてくれる虫たちが全滅してしまったら……。

そのようなことを思いながら、我が家のマヌカハニーをひと匙、口にした。

ミツバチと自然からのお福分け、これからもありがたく大切にいただこうと思う。

 【注意】はちみつは、1歳未満の乳児には与えないようにしてくださいませ。

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ネギトロと作戦失敗の夕暮れどき。

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無性にネギトロを頬張りたくなった。

きっと、数日前から美味しそうなネギトロ画像を目にしたり、そのような話を耳にする機会があったものだから、私の口がネギトロを欲しているのだろう。

しかし、ただでさえ夏の日射しと暑さに弱い私に、この炎天下の中を買い出しに行く気力が湧くはずもなく、自分の口を騙し騙し過ごしていたのである。

いつだったか、ネギトロは、マグロのトロ部分を叩いたものにネギを合わせたものではないと知る機会があった。

そうではないと言われても、私の頭に浮かぶネギトロは巻き物や軍艦巻きといった、見た目の違いはあるものの、具となる部分はマグロとネギを合わせたものである。

こんなにも名前と見た目が合致しているというのに、これが語源じゃないと言うならば、何が語源なのだろうか?と思った。

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ネギトロの語源は具材によるものではなく、削ぎ取ることを表す「ねぎ取る」という言葉が語源なのだとか。

私たちが口にしているネギトロの中には、立派な部位を使って作られているものも多いけれど、本来のネギトロは、食べずに捨てられていたマグロの骨の周りに付いている身やトロと呼ばれている脂身部分を、丁寧にねぎ取った(削ぎ取った)ものを使って作られた、まかないメニューだったという。

そして、このまかないメニューをお客様に食べていただいたところ、思いのほか好評だったらしく、そのお店から全国に広まったそうだ。

ネギトロの誕生エピソードを知れば、ネギが入っていなくてもマグロをねぎ取って叩いたものであれば違和感を覚えることなくネギトロと呼べるけれど、

偶然にも、名とは関係なく合わせられた薬味の「ネギ」が「ねぎ取る」と重なり、多くの人の脳裏にはネギトロはネギとマグロを合わせたものだというイメージが強く定着したようである。

ここまでの話だけで十分、最もらしい話に聞こえるのだけれど、名付け親の方は当時の地元で人気があった某店の「とろろご飯」、「むぎとろ」の響きに近づけてそのまかないに「ネギトロ」と名付けたというエピソードも残っているようだ。

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そのようなエピソードを知っている今でもネギトロと聞いて私が思い浮かべるのは、マグロとネギの組み合わせであることを思うに、この食材の組み合わせにはエピソードを超える魅力があるように思う。

そのようなことを思いながら、ネギトロの買い出しだから気を逸らすことを試みたけれど、作戦失敗。

その日はネギトロ熱が収まりそうになく、買い出しに行こう!と腹を決めた夕暮れどきである。

皆さんが思い浮かべるネギトロは、ネギあり、ネギなしどちらでしょうか。

ネギトロを召し上がる機会がありました折には、このようなエピソードをチラリと思い出していただけましたら幸いです。

本日も口福な時間をお過ごしくださいませ。

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エキゾチックな香り漂う、神秘的な熱帯夜。

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真夜中に目が覚めてしまった。

二度寝を試みたけれど、思いのほかスッキリと目覚めってしまっていたのでベランダへ出てみることにした。

外へ出た瞬間に全身を覆う熱気に怯みかけたけれど、冷えすぎている体を少しだけ温めることにした。

流石に車の往来も少なく、信号機の明かりが普段以上に無機質なものに感じられた。

聞こえてくるのは室外機のブーンという音のみで、今夜も熱帯夜なのだと思った。

四季は辛うじて残ってはいるものの日本の気候は年々、熱帯化しつつある。

その影響からだと思うのだけれど、近年は日本でも亜熱帯植物が良く育つため、出回る量も増えているのだとか。

色鮮やかな亜熱帯植物を夏の日射しとともに楽しむことができるのは嬉しいけれど、これまで育たなかった植物が育つということは、生きられなくなった植物も少しずつ増えているということなのかもしれないと思うと少々複雑である。

そのようなことを思っていると、どこからともなくクチナシのような甘い香りが流れてきた。

時季から推測するにジャスミンの香りである。

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ジャスミンは、日が落ちてから明け方にかけて真っ白な花を咲かせる植物だ。

ジャスミン以外にも夜に開花する花が夏の頃は特に多い。

その花たちに共通しているのは、花色が白っぽいことと、濃い香りを放つことである。

これは、夜に開花する性質なので、暗闇と同化してしまわないように、月明かりに照らされたときに存在を際立たせることができるように、目に見えなくても香りで居場所を知らせることができるようにといった狙いがあると聞いたことがある。

そうすることで、虫たちに自分の存在に気付いてもらい、受粉してもらうのだとか。

人間の勝手な見方をすれば、夜中に咲くなんて、せっかくきれいな花を咲かせても見てもらえないじゃないと思ってしまうけれど、必要なものは既に手にした状態でそこに在るようだ。

そうそう、ジャスミンの花は仏陀の歯に例えられることがある。

ここだけの話、私は白いジャスミンの花びらが肉厚だから「歯」に見えるという話なのだろうと推測していたのだけれど、どうやらあの潔いほどの白さを仏陀の「歯」に重ね合わせているようだ。

エアコンが効いた屋内から一歩外へでると、息をすることを忘れてしまいそうなほどの熱帯夜続きではありますけれど、外へ出る機会がありました折には、すーっと夏の空気を吸い込んでみてはいかがでしょうか。

夏の夜は、目には見えない花たちのエキゾチックな香りが漂い、何だかとても神秘的です。

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「ムンクの叫び」と「アイスクリームは結構です」

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友人から届いたメッセージに絵文字がズラリと並んでいた。

使われていたのは、人が叫んでいるような顔をした絵文字である。

ムンクの叫びを元にデザインされたように見える、その絵文字を眺めながら、あの作品のことを思い浮かべた。

私たちが「ムンクの叫び」と呼んでいるあの作品は画家であるムンクが描いた『叫び』というタイトルの作品である。

ムンクが描いた『叫び』という作品という意味で「ムンクの叫び」と言われているのだけれど、あまりにもその呼び方に慣れてしまい、「ムンクの叫び」という名の作品だと思い込んでしまっている方も多いように思う。

そして、そのタイトルだと思い込んでいる呼び名が原因なのか、あの作品に登場すり人物らしき存在は叫んでいると思っている方も、意外と多いのではないだろうか。

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あの作品は、ムンクが体験した幻覚をもとにして描かれたもので、叫んでいる姿を描いたものではないと言われている。

ムンクは、あの作品について、このような内容のことを書き残しているという。

私は友人たちと太陽が沈みかけの中、歩道を歩いていた。

すると、空が血のように赤く染まり始めた。

私は疲れたものだから柵に寄りかかって休んでいると、青黒いフィヨルドと町全体が血と炎で覆われるようだった。

友人たちは歩き続けていたけれど、私はその場から動けずに不安を感じて震えながら、自然を突き抜けていくような叫びを聞いた、と。

このような内容のメモから、この作品の中に登場する人物はムンク自身で、彼は叫んでいるのではなく、耳を塞ぐような姿勢で叫びを耳にして驚いているのだと言われている。

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私はスクリーム(叫ぶ)という単語を見聞きすると思い出す出来事がある。

随分と遠い日の出来事なのだけれど、知人のフランス人宅で2週間ほどお世話になっていたときのことである。

ちょうど今頃の季節、そのお宅近くで新聞に載るような事件が起きた。

時刻は真夜中だったのだけれど、事件に遭遇した女性の悲鳴が辺りに響き、その声の主が日本人女性だったらしいという情報が近所を駆け巡った。

そして、私が遊びに来ていることを知っている近隣の方々が「お宅に遊びに来ている日本人女性が、夜中に家を抜け出して事件に巻き込まれていないか確認した方がいい」と知人家族に伝えに来たという。

私は騒ぎにも気が付かないほどに、ぐっすりと眠っていたのだけれど、部屋に押しかけてきた知人家族から大きな声で名前を呼ばれた後「あなた叫んだ?」というのである。

正確には、「叫んだのはあなたじゃないわよね?どこも怪我していないわよね?」と言われながら体をベッドから起こされて頭や顔、体をチェックされたのだけれど、急な出来事だったこともあり、状況が掴めぬまま、突然の英語に頭が混乱したのだろう。

私にはスクリーム(叫ぶ)という単語がアイスクリームと聞こえたものだから「アイスクリーム食べる?」と聞かれたと推測し、「私はお腹いっぱいだからアイスクリームは結構です。」と返したのだ。

当然の如く知人家族は大笑いし、寝ぼけるくらいぐっすり寝ていたようだから事件には巻き込まれていないと言って部屋を出て行ったという出来事である。

それからしばらくの間、私はスクリームとアイスクリームの単語でいじり倒されることになったわけなのだけれど、ムンクの『叫び』を目にしたときにも薄っすらとスクリームエピソードが頭に浮かぶのである。

ムンクの作品『叫び』を目にする機会がありました折には、私のスクリームエピソードではなく、『叫び』の真実をチラリと思い出していただけましたら幸いです。

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パンチが効いた卵に出会う。

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スマートフォンで撮った写真を久しぶりに整理した。

「空」と記したファイルには様々な表情をした空の写真がズラリと並んでいた。

似たような時間帯に撮ったものが多いにも関わらず、どれ一つとして同じ空はなく、削除してしまったら、その風景が無かったことになるような気がして削除することを躊躇った。

しばらくの間、指先をさらさらと動かして半年分ほどの空を眺めていたのだけれど、ふと「もういいか」と思い、半分以上分の空写真を削除した。

空も変わるし私も変わる。

今の私にビビッとくる空を、また撮りためていくのだろうと思う。

他の写真ファイルも整理したのだけれど、卵を撮ったものがあった。

黄身が2個入った「二黄卵/複黄卵」と呼ばれるものだった。

1度であればラッキーと思うだけで終わるのだけれど、確かこの時は2日連続で「二黄卵/複黄卵」だったものだから、何となく写真を撮ったのである。

その後、何か幸運が舞い込んだかと言えば、黄身がいつもの2倍だったこと以外、思い当たることはないけれど、いつも通り過ごせたことが最大のラッキーだったのではないかと、思うことにした。

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そうそう。

卵と言えば、パンチが効いたネーミングの卵がある。

その卵は「命のカプセル」と名付けられた浜名湖ファームが販売しているウズラの卵である。

ニワトリの卵である鶏卵を使うには量が多いと感じることがあり、美味しいウズラの卵はないだろうかと友人にこぼしたところ、最近、浜名湖ファームのブランド卵が話題になっているという情報を教えてくれたのだ。

ウズラの卵は、ペロリと食べきってしまうサイズだけれど、浜名湖ファームの方曰く、「そこには一羽のウズラが生まれるための全てが入っているため、卵を食べるということは、命をまるごと頂くことであり、ウズラの一生分の元気をもらうことである」とのこと。

ウズラの卵に限ったことではないのだけれど、そうなんだよなと改めて思わされたウズラの卵であった。

それにしても、「命のカプセル」とは大胆な商品名である。

人によっては購入を躊躇うようにも思うけれど、美味しい卵を美味しいだけで終わらせず「いただきます、ごちそうさま」としっかり口にしたくなるような卵でもある。

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「命のカプセル」を知ってから、ウズラの卵の燻製を口にする機会があったのだけれど、頭に浮かんだのは「命のカプセル」のパッケージに載っているウズラちゃんだ。

拘りの飼料と水で育った健康なウズラちゃんの卵だということなので、一度いただいてみようと思っている。

皆様も、アレルギーや食事制限などが無ければ、完全食と言われている卵を使ったメニューで栄養補給をしてみてはいかがでしょうか。

まだまだ残暑厳しい夏の頃ですので、水分だけでなく栄養と睡眠もしっかりとってお過ごしくださいませ。

本日も、ここへ足を運んでくださった皆様にとって良き日となりますように☆彡

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なんちゃってグラニテから貝ボタンまで数珠繋ぎ。

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買ってきたレモンゼリーを冷凍庫へ入れた。

冷やしたものをそのまま食べても十分に美味しいゼリーなのだけれど、適度に凍らせたものを摩り下ろしてシャーベット状にすると、手軽にグラニテを作ることができるので、ホームパーティー中のちょっとしたお口直しに最適なのである。

(※グラニテとは、フランス料理などのコース中で出されるシャーベット状の氷菓のこと。)

シャーベットは、お喋りに夢中になっているとあっという間に溶けてしまうけれど、凍らせたゼリーで作ったそれは、溶けかけもまた、むっちりとした食感が楽しめるので気に入っている。

「なんちゃってグラニテ」ではあるけれど、フルーツ入りのゼリーを使えばフルーツ部分も良いアクセントになり、立派な一品になるように思う。

ホームパーティーをする予定は無いけれど、自宅メニューで気分を上げるための下準備といったところである。

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不意に窓の外へ視線を向けると、青い空いっぱいに「ザ・夏雲」が広がっていた。

育ち盛りの子どもたちの頬っぺたのように、ぷっくり肉厚でフワフワの夏雲だ。

夏雲と夏雲を通り抜けて降り注がれる日射しの圧を前に、どおりで暑いわけだと思ったけれど、今年もこうして夏を感じられることがありがたい。

その日の空が、あまりにも海が似合うような空をしていたものだから、今夜は螺鈿細工が施されたプレートで食事をと思い立ち、食器棚から数枚取り出した。

螺鈿(らでん)の「螺」には巻き貝の意味があり、螺鈿(らでん)の「鈿」には飾るという意味がある。

螺鈿細工は、貝がらの虹色に光る部分を薄く取り除いたものを、食器やお箸といった日用品や、アクセサリーなどの装飾品、その他の様々なものに飾りつけて仕上げられたもの。

優しい光を放つ螺鈿細工の美しさに魅了される方は多いけれど、美しさ以外にも、貝殻は変質することが少なく、半永久的に保存できることが多いので、古より世界各地で様々なシーンや用途で使用されてきた実用的な素材でもある。

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実用的な素材と言えば、貝殻で作られた貝ボタンもそのひとつではないだろうか。

丁寧に作られた貝ボタンは強度があるだけでなく、不思議な華やかさと存在感を放つため、シンプルなデザインのお洋服にアクセサリーのような雰囲気で寄り添ってくれるように思う。

いつだったか、日本製の貝ボタンの半数以上が奈良県にある会社で作られているとショップ店員の方から聞いたことがある。

ボタンの大きさにもよるけれど、ひとつの貝殻からボタンの原型を幾つもくり抜き、厚みによって選別し、様々な工程を経てひとつのボタンが生まれるという。

私が思う貝ボタンは、海が近くにある場所で作られているようなイメージがあったため、海が無い奈良県で半数以上も?と思ったものだから強く記憶に残っている。

ついついお洋服本体に意識が向いてボタンは二の次になりがちだけれども、丁寧に作られたボタンがあり、そのボタンを使いたいと選んだデザイナーの方がいることを想像すると、1着のお洋服に対する愛着も数割増しになるように思う。

使い捨てるだけの時代もそろそろ終わり。

こういった、長く愛される良きものやそれを支える技術に再びスポットライトが当たりはじめているのかもしれない。

そのようなことを思いつつ、今週も、無理のない範囲で楽しみながら、楽しみを見つけながら過ごそうと思った日。

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